スマホが鳴った。
「あ」
 ぼくは画面に表示された名前を見て、出ようとはしなかった。
「出たら?」
 テツさんが言った。
「じゃあ、はい」
 ぼくは店の外に向かった。
「なに?」
『ねえ、次の本、いつ貸してくれるの?』
 能天気な茉莉の声が聞こえた。あまりの大きいものだから、ぼくはスマホを耳から離した。ぼくが黙っていると、わたしの予定は、と日にちを言い出したので、
「ちょっと待って」
 と止めた。
『なに、いつだってきみ、暇でしょ』
 失礼なことを茉莉は言った。
「あのさ、それだったら、また改めてかけてもらっていい?」
『五分くらい?』
「もうすこし先で」
『珍しいのね、忙しいの?』
「まあね」
 ぼくは電話をしながら、道ゆく人々を見た。
 みんな、とくに問題なさそうだった。けれど、見えないだけで、なにか問題を抱えているに違いなかった。
 いま、ぼくだってただの電話をかけている男にしか見えないだろう。
『そうかあ。ていうか、いまどこにいるの?』
「なんで?」
『ううん、なんか遠い気がして』
 鋭いな、と思った。
「いま東京」
『はあ? なんで?』
「でももうじき帰るよ」
 レンを止めることができたら、だけど。
『なんか似合わないねえ』
「放っておいてもらえますかね」
『なんとなく、だけど。がんばってね』
 茉莉が言った。
「なにをがんばれと」
『わかんないけど、きみが東京にいるってのは、相当レアじゃない。だからよ』
「そうかも」
 洗いざらい話してみたかった。わりといいアドバイスをもらえるような気がしたし、そんなの放っておけと言われそうでもある。でも、なにを言われようとも、やることは一つだけだな、と思った。
『まあ早く帰っておいでよ、で、本貸して』
「うん」
『じゃあ、またね』
 電話が切れた。
 席に戻ると、タクミさんとテツさんは、とくに話すわけでもなく、ぼーっとしていた。
「電話急用だったの?」
 テツさんが訊ねた。
「いや、ただの暇電でした」
「ふうん、そういうのいいね」
 とくに感心なさそうに、テツさんが言った。
「電話相手がいないからって、ひがむなよ」
 タクミさんが鼻で笑い、
「なにいってんだか」
 とテツさんが睨んだ。「なに笑ってんの」
 僕の顔を見て、テツさんの矛先が変わった。
「いや、仲良いですね」
「よかねえわ!」
「その電話相手、女の子」
 タクミさんが言った。
「はい」
「なんて言ってた?」
「東京にいるって言ったらがんばってって」
 そう言うと、しばらくタクミさんが腕を組んで考えこんだ。
「なに、あんた女の子から電話がくるのひがんでんのか」
 意地悪い顔でテツさんがからかうと、
「いや、がんばらないでいいな」
 とタクミさんが立ち上がった。
「なに」
 テツさんがタクミさんを不思議そうに眺めた。
「がんばらないで、素直に相手に伝えればいいってことだよ。肩肘張ったりするのはよくないってこと」
 ごちゃごちゃ考えるより、そのまま本番でいこう、とタクミさんが言った。