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ぼくとテツさんは、遅い朝食をとっていた。
入った店はランチタイムが始まったところだった。
「遅い」
ブツクサ言いながらテツさんはパンをちぎっていた。「ほら、食べな」
ぼくはハンバーグのプレートを頼んだものの、食が進まずにいた。
「わかってくれますかね」
「うん、あいつはそういうのに慣れてるから。そうでなくちゃ呼び出さない」
テツさんの前の皿が空っぽになったところで、だるそうにタクミさんがやってきた。
「昨日は店を追い出して、明るくなったらすぐにこいとか、わがまますぎるだろ」
「べつに寝てなかったでしょ」
テツさんは言った。
タクミさんがお店の人を呼び、ランチセットを注文した。
「もちろんここ、驕りだよな」
「小説家のくせにたかるな」
「で、どうしたの?」
テツさんを無視して、タクミさんがぼくに訊ねた。
「その前に、テルくんはご飯全部食べなさい。それから」
とテツさんが言った。
「なるほどね」
ぼくの話を聞きながら、タクミさんは注文したチキンを食べていた。「つまり、きみの大事な人Aは、大事な人Bを恨んでいる。そしてAはBを殺そうとしている、決行日は本日、というわけか。そしてきみことCは食い止めたい、と」
「なに要約してんのよ」
「小説を書くときは、ざっくりとした縦軸をまとめておくもんだ」
「へー、一つ物知りになりました。一生役に立ちそうもないけど」
テツさんが棒読みで言った。
「止めりゃいい」
タクミさんがあっさり言った。
「いや、あんたのご神託をたまわりたいわけじゃないから」
テツさんが言った。
「じゃあ、俺をなんで呼んだんだ。ネタをくれたってことか」
「Aを止めるためにはどうしたらいい?」
「物理的に押さえつけるしかないだろ」
「もし止められたとしても、繰り返すかもしれないでしょう。そもそも根深いものを抱えているわけだから」
「なるほど。だったらBを死なない程度に傷つけさせてから捕まえて、刑務所にぶち込んで反省させるとか?」
「あんたもうちょっと真剣になってくんないかな」
目の前で大人二人があれこれと話し合っているのが不思議でならなかった。この人たちは、ぼくの話を信じてくれている。
信じてくれた大人のいるのが、初めてで、ぼくは、妙な感動を覚えた。
「テルくん?」
テツさんがぼくのほうを向いた。
「なんですか」
「なんで笑ってんの?」
「いや、なんだか頼もしくて」
「どこが?」
とテツさんはタクミさんを指差した。
「その、きみが幼い頃にそこそこ性的な関係もあったBに、気をつけろって言えばいいだろ」
「だから、大事になる前に止めるの」
「そりゃ一大事だ」
タクミさんが顎に手を当てた。
「だめだ、こいつに言ったのが間違いだった。絶対に小説にしないでよ。したら訴えるからね」
テツさんが睨むと、
「俺とテルくんが肉体関係を結べば、問題はないよな」
「だめだ、こいつ小説のことしか考えてない鬼畜だ」
テツさんが天井を仰ぎ、腕を広げた。
「きみはAのことが好きなんだろ」
タクミさんは言った。
ぼくが黙っていると、
「そういうの、おいそれと口に出せないもんでしょ」
とテツさんが庇った。
「そんなんだからアキバ系脳筋警察官とうまくいかないんだろ」
「その話はするな、殴る」
「ちょっと待って、喧嘩はしないで」
二人が睨み合うので、ぼくは慌てて止めた。ここで流血沙汰になられても困る。「好きです」
「よし。だったら話が早い」
タクミさんが頷いた。
「なんだよ」
「きみがどれだけAを大事か、Bのかわりじゃないってことを伝えたらいい。はい完了」
タクミさんが手を叩いた。
「そんな、簡単なことですか」
ぼくは言った。
「君の夢はこれまで決定事項だった。しかし、AがBを刺したかどうかまでは見えていない。びっくりしすぎてきみが悲鳴をあげたから起こされた。最後どうなるかはわからない」
「なに、俺のせい?」
テツさんがいうと、タクミさんは頷いた。
「なら、刺さなかったかもしれない。いや、むしろ刺さないほうへ、流れを向けさせればいい。きみが関わることで、この事件は君の問題にもなるし、きみにも権利が発生する」
「なに言ってるのかよくわかんないんだけど、小説家ならもちっとわかりやすく言ってくんない」
「行間を読めない読者は対象外だ。間違ってきみが刺される可能性も大いにあるが、それでも構わないよな?」
タクミさんはぼくの目を見た。
「そんなこと」
「他人を変えることはできないが、自分の力で流れを変える努力をすることはできるってことだ。みんな平気でやっている。これは命に関わる可能性もあるから、応用問題になるけど。こう見えて、俺はこの手のジャンルのちょっとしたプロなんだ」
「わけわからん」
ふたたびテツさんがお手上げのポーズをした。
「Aとずっと一緒にいたいんだろ。だったら、その手を絶対に離しちゃいけない」
「それ、もしかして、遠回しに俺に言ってる?」
テツさんが真面目な顔をした。
「思うところがあるなら勝手にすればいい。これは、自分に言い聞かせてもいる」
タクミさんも、厳しい目をしていた。「運命と思い込むものはだいたい錯覚だけれど、でも運命を信じることをやめたら、人生はつまらない」
ぼくとテツさんは、遅い朝食をとっていた。
入った店はランチタイムが始まったところだった。
「遅い」
ブツクサ言いながらテツさんはパンをちぎっていた。「ほら、食べな」
ぼくはハンバーグのプレートを頼んだものの、食が進まずにいた。
「わかってくれますかね」
「うん、あいつはそういうのに慣れてるから。そうでなくちゃ呼び出さない」
テツさんの前の皿が空っぽになったところで、だるそうにタクミさんがやってきた。
「昨日は店を追い出して、明るくなったらすぐにこいとか、わがまますぎるだろ」
「べつに寝てなかったでしょ」
テツさんは言った。
タクミさんがお店の人を呼び、ランチセットを注文した。
「もちろんここ、驕りだよな」
「小説家のくせにたかるな」
「で、どうしたの?」
テツさんを無視して、タクミさんがぼくに訊ねた。
「その前に、テルくんはご飯全部食べなさい。それから」
とテツさんが言った。
「なるほどね」
ぼくの話を聞きながら、タクミさんは注文したチキンを食べていた。「つまり、きみの大事な人Aは、大事な人Bを恨んでいる。そしてAはBを殺そうとしている、決行日は本日、というわけか。そしてきみことCは食い止めたい、と」
「なに要約してんのよ」
「小説を書くときは、ざっくりとした縦軸をまとめておくもんだ」
「へー、一つ物知りになりました。一生役に立ちそうもないけど」
テツさんが棒読みで言った。
「止めりゃいい」
タクミさんがあっさり言った。
「いや、あんたのご神託をたまわりたいわけじゃないから」
テツさんが言った。
「じゃあ、俺をなんで呼んだんだ。ネタをくれたってことか」
「Aを止めるためにはどうしたらいい?」
「物理的に押さえつけるしかないだろ」
「もし止められたとしても、繰り返すかもしれないでしょう。そもそも根深いものを抱えているわけだから」
「なるほど。だったらBを死なない程度に傷つけさせてから捕まえて、刑務所にぶち込んで反省させるとか?」
「あんたもうちょっと真剣になってくんないかな」
目の前で大人二人があれこれと話し合っているのが不思議でならなかった。この人たちは、ぼくの話を信じてくれている。
信じてくれた大人のいるのが、初めてで、ぼくは、妙な感動を覚えた。
「テルくん?」
テツさんがぼくのほうを向いた。
「なんですか」
「なんで笑ってんの?」
「いや、なんだか頼もしくて」
「どこが?」
とテツさんはタクミさんを指差した。
「その、きみが幼い頃にそこそこ性的な関係もあったBに、気をつけろって言えばいいだろ」
「だから、大事になる前に止めるの」
「そりゃ一大事だ」
タクミさんが顎に手を当てた。
「だめだ、こいつに言ったのが間違いだった。絶対に小説にしないでよ。したら訴えるからね」
テツさんが睨むと、
「俺とテルくんが肉体関係を結べば、問題はないよな」
「だめだ、こいつ小説のことしか考えてない鬼畜だ」
テツさんが天井を仰ぎ、腕を広げた。
「きみはAのことが好きなんだろ」
タクミさんは言った。
ぼくが黙っていると、
「そういうの、おいそれと口に出せないもんでしょ」
とテツさんが庇った。
「そんなんだからアキバ系脳筋警察官とうまくいかないんだろ」
「その話はするな、殴る」
「ちょっと待って、喧嘩はしないで」
二人が睨み合うので、ぼくは慌てて止めた。ここで流血沙汰になられても困る。「好きです」
「よし。だったら話が早い」
タクミさんが頷いた。
「なんだよ」
「きみがどれだけAを大事か、Bのかわりじゃないってことを伝えたらいい。はい完了」
タクミさんが手を叩いた。
「そんな、簡単なことですか」
ぼくは言った。
「君の夢はこれまで決定事項だった。しかし、AがBを刺したかどうかまでは見えていない。びっくりしすぎてきみが悲鳴をあげたから起こされた。最後どうなるかはわからない」
「なに、俺のせい?」
テツさんがいうと、タクミさんは頷いた。
「なら、刺さなかったかもしれない。いや、むしろ刺さないほうへ、流れを向けさせればいい。きみが関わることで、この事件は君の問題にもなるし、きみにも権利が発生する」
「なに言ってるのかよくわかんないんだけど、小説家ならもちっとわかりやすく言ってくんない」
「行間を読めない読者は対象外だ。間違ってきみが刺される可能性も大いにあるが、それでも構わないよな?」
タクミさんはぼくの目を見た。
「そんなこと」
「他人を変えることはできないが、自分の力で流れを変える努力をすることはできるってことだ。みんな平気でやっている。これは命に関わる可能性もあるから、応用問題になるけど。こう見えて、俺はこの手のジャンルのちょっとしたプロなんだ」
「わけわからん」
ふたたびテツさんがお手上げのポーズをした。
「Aとずっと一緒にいたいんだろ。だったら、その手を絶対に離しちゃいけない」
「それ、もしかして、遠回しに俺に言ってる?」
テツさんが真面目な顔をした。
「思うところがあるなら勝手にすればいい。これは、自分に言い聞かせてもいる」
タクミさんも、厳しい目をしていた。「運命と思い込むものはだいたい錯覚だけれど、でも運命を信じることをやめたら、人生はつまらない」