13
 テツさんの部屋は、新宿にあった。店から歩いて数分もかからなかった。
「結局もう夜明けだよ」
 たしかに、空は少し明るくなっている。
 東京にきてから、怒涛すぎた。いろいろなことがありすぎて、なんだか妙に頭が冴えていた。なのに身体は重い。
「とにかく一日を終わらせなくちゃね」
 とテツさんは言って、部屋の奥に入っていった。
「おじゃまします」
 とぼくが言うと、
「もういいから寝るよー」
 と叫んだ。
 部屋に入ると、テツさんが布団を敷いていた。
「ベッドがいい? 布団がいい?」
「どっちでもいいです。すみません」
「ベッドだと俺の匂いが臭いかも。布団だったら、誰かといろいろしたんで邪悪な怨念がこもってるかも」
 と笑った。
 どう選べというのだ。
「ま、しばらくそんなことはないからじっと除霊されてるはず。ファブリーズもかけるし」
 とテツさんは言った。
 すぐにテツさんはいびきをかき始めた。
 今日一日で、なんだかすごく年をとったような気がする。それだけ濃厚だった。
 もう、明日の夜には、家に帰っているのか、なんてちょっとばかり感傷に浸りそうなところで、ぼくは眠りについた。

 夢を見た。
 もうなにもいいことはない。
 そもそも、自分がなにをしたいのか、どうしたのかもわからない。
 ただ、怒りとか憎しみとか、劇薬みたいな感情ばかりが募っていく。
 もうなにもかも終わらせたい。
 ひさしぶりに会った母さんは返事をしない。
 目をあけていても、なにも見ていない。
 夢を見ている。
 なにかが壊れてしまって、それをなんとか取り戻そう、取り返そうとして、できなくて、であるならば、現実を変えることができないのなら、現実でない場所を作り上げるしかないと、母さんは決めた。
 自分もそうなりたい、と思っていた。
 屈辱や苦しみみたいなものから解き放たれるためには、その対象を壊すしかない。
 もう誰も助けてくれないのなら、自分一人で、現実を捻じ曲げてやるしかない。
 べつにあの女のことなんか好きでもなんでもない。
 欲しけりゃやる。
 だが、うまくやれているなんて思っているんじゃねえぞ。
 俺はお前の書いてたノートを読んだ。
 小学生のときの幼馴染となにをしてたか。
 お前だって同じじゃねえか。
 女好きの親父から生まれた子供がどっちもそうなんて、笑えるよな。
 お前を××して、それから親父をーー。
 大丈夫、一瞬だ。
 ためらうな。
 少しでも情にほだされたら、そのとき俺は、
 負ける。
 どうせ負けるなら、お前を。

「どうした? テルくん? テルくん?」
 揺さぶられ、僕の目の前にテツさんの顔があった。
 ぼくは、叫んでいたらしい。
 動悸が収まらない。
「水、飲む?」
 テツさんが台所のほうへ走っていった。
 夢のなかで、どこかの庭園を歩いていた。そして、倫太郎と、綺麗な女の人と、あと何人かの大人がいた。そして、そのテーブルに、向かっていった。
 倫太郎があぶない。
 そうだ、明日……、つまり今日、倫太郎は婚約の話をすると言っていた。
 ぼくはテツさんからコップを受け取り、飲み干した。
「大丈夫か?」
「……いまから話すこと、信じてもらえますか?」
 ぼくは言った。
「いいよ」
「変なことを言うけど、信じてくれますか?」
「もちろん。きみは嘘をつけるタイプじゃない」
 ぼくは、泣いていた。