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 結局リュウちゃんの狭い部屋で雑魚寝することになった。
「修学旅行みたいねえ」
 なんてのんきに早瀬さんは言い、
「いいからさっさと寝ろよ、俺は明日早いんだよ」
 とリュウちゃんが電気を消した。
「なにしてんの?」
 暗闇のなかでぼくが訊ねると、
「工場」
 とぶっきらぼうにリュウちゃんは言った。
 リュウちゃんを真ん中にして、ぼくたちは寝た。
 なんだか、昔のことを思いだした。
 むかしは兄弟で川の字になって寝たりもしたな、と思った。その頃にはもう戻れないのだ。
 サクちゃんは新しい家族を作り、リュウちゃんは夢を追っている。一番下の自分だけがなんにも決められずにいた。
「リュウちゃん」
 ぼくは言った。
「なんだよ」
「高校卒業したら、どうしたらいいかなあ」
「……好きにやれよ」
 ぶっきらぼうにリュウちゃんは言った。
「兄貴らしく、ちゃんと答えてやりなよー」
 早瀬さんの声がリュウちゃんの向こうから聞こえた。
「いいからお前ら、さっさと寝ろ」
 とリュウちゃんがタオルケットを被った。
 物音がして、ぼくは目を覚ました。今何時だろう、とスマホを見ようとしたときだった。
「おいやめろって」
 リュウちゃんの声がした。
「ええ、なんでえ?」
 小声で甘えた感じの早瀬さんの声が聞こえた。
「だめだっての」
「なによ、ケチ」
「ケチとかそういうんじゃねえだろ」
「なによー、したくないの?」
「だから今日は無理だって」
「なんでえ。弟寝てるでしょ」
 ぼくは身体を縮こまらせ、二人に背を向けて、いた。
「まずいって」
「そんなことないじゃん、ねえ」
「さわんなよ」
「小さいお兄ちゃんだって、ウケる。でも兄弟のなかじゃいちばんおっきいって前に自慢してたよねえ」
「うっせえよ、おい」
「弟がどんなか確認しちゃおっかなあ」
「やめろ、テルに手を出すな」
「なに人にこと色魔みたいに言ってんのよ、冗談だって、リュウだけだって」
「だからくっついてくんな」
 ……これは、まさか、背中の向こうで。ええ?
 ぼくはどうしたらいのか、このまままさか始まったら、ぼくはずっとお二人の声を聞いていなくてはならないのか?
 さすがに気まずすぎる。
「いいお兄ちゃんじゃん、リュウ。弟の前で兄貴ぶっちゃって」
「こいつは、病気だから」
 病気。その言葉に、息が止まった。
「あー、なんだっけ、未来が見えちゃうとかってやつかあ。すごいよねえ、超能力者じゃん」
「こいつは自分のことをそんなふうに思い込んでいるだけだよ。一番下だから、そういうふうに自分がすごいやつだとかなんとか騒いで注目を集めようとしてて。かわいそうなやつなんだよ」
「かわいそうにね、ナチュラルに嘘つくとか。こんなにかわいいのに」
 ぼくは泣きそうになった。
 誰もわかってくれないことに?
 病気と言われたことに?
 そして嘘つきだって思われていることに?
「だから、こいつは誰かが守ってやんなくちゃ。生きてけないから」
「なのに見捨てたんだ、最低〜」
「こいつのために自分の人生を棒に振るとかしたら、余計こいつのこと、嫌いになるだろ」
「嫌いなの?」
「別に。兄弟だし、そういう次元超えてるから。サク兄だって、こいつのこと怖いから結婚式呼ばなかったんじゃねえかな」
 ぼくはその話を聞いて、震えそうになるのをなんとかこらえようとした。
「ねえ、リュウ、しよ」
 早瀬さんが言い、背中のほうでごそごそと音がした。
「んーー」
 ぼくは、起き上がった。
 ガサガサと二人が離れた音がした。
「テル……」
 リュウちゃんの声がした。
 ぼくは振り向いた。
 乱れたタオルケット、そしてぼくに注目している二人が暗闇のなかでも感じられた。
「……あの、やっぱ、サクちゃんのとこに行きます」
 ぼくは言った。
 嘘つきのくせに上手い嘘をつくことができなかった。
「なに言ってんだよ、こんな時間だぞ」
 リュウちゃんが言った。
「なんか、ここ、汚いし、ごめん。サクちゃんのとこは綺麗だし、広いし」
 ぼくはあかりをつけた。驚いている二人を尻目に、ぼくは出かける準備をした。
「おい。だってもう電車ないぞ」
「タクシー乗ります」
「弟くん……もしかして」
 聞いた? ってことだろう。ずけずけ言うのがデフォルトのはずの早瀬さんが、慌てていた。
「なにがですか?」
 ぼくは精一杯の作り笑いを浮かべた。
 ぼくは嘘つきなんだから、嘘をついたって平気だ。平気なんだ。これまでだって、気持ちを隠してきたし、いまだって、隠し通せるんだ、と。
「おじいちゃんには、東京で頑張ってるって伝えるね。でも帰ってくるときがあったら、おじいちゃんにマッサージしてあげてね」
 ぼくはそう言って、アパートを出て行った。
 さっききた道を引き返しながら、もしかして追いかけてくれるのではないか、とたまに後ろを向いたりしてみたけれど、リュウちゃんはやってこなかった。
 べつにそれでよかった。
 ぼくたちはいつまでも子供じゃないし、大人の兄弟になるんだ。嫌いじゃない、そういう次元を超えている、とリュウちゃんも言っていた。
 気にすることなんて、なにもない。
 空車のタクシーがやってきて、ぼくは手をあげた。
「どちらまで」
 タクシーの運転手の声は愛想がなくて疲れているみたいだった。
 どこに行けばいいのか。
 ぼくはシャツのポケットに入れていたショップカードを運転手に渡した。
「ここまでお願いします」