家に入ると、居間で見知らぬ男が麦茶を飲んでいた。
「よっ」
 男は手をあげて微笑んだ。え、不審者?とぼくは身構えた。
 誰だ、こいつ、と思いながら目をこらした。見覚えがあるような気がする。
「倫太郎?」
 恐る恐る訊ねると、男は口の端を曲げて笑い、
「だよ、うん」
 まるで途中からやってきた者のために乾杯するように、持っていた麦茶を掲げた。
 頭がくらくらした。
「なんで?」
「だって、夏休みじゃん」
 倫太郎は平然と答えた。確かに面影は残っているが、ずいぶん変わってしまっていた。髪の毛は金髪になり、変なアロハシャツを着ている。
 ぼくはリュックを畳に置き、ちゃぶ台の向かいに座った。
「大きくなったな〜」
 と言われ、
「それはお互い様じゃないかな」
 と苦い顔で答えた。倫太郎のほうが、座っていてもぼくより身長が高い。
「でも、どうしたの? なんで戻ってきたの?」
「だって、約束したじゃん」
 その言葉にびっくりして、ぼくは狼狽えた。
「連絡してこなかったから、キョドってる感じ?」
「そういうわけではないけど…」
 ぼくは首を振った。会いたかったのに、緊張して他人行儀になってしまった。
「さっき、じいちゃんがしばらく泊まってもいいって言ってくれた」
 倫太郎がそう言うと、ぼくは驚いた。倫太郎の家はもうない。
 彼は小学五年生の終わりに引っ越して行った。そのとき「落ち着いたら手紙を書く」と言っていたが、結局連絡は来なかった。
 倫太郎がいなくなったことは、ぼくにとってショックだった。
「なんかさあ、もっとくだけてくんないかな?」
「あ、ごめん」
 責められているわけではないのに、恐縮しっぱなしだった。
「おじいちゃんは?」
 ぼくが訊ねると、倫太郎は、
「なんか急にテンションが上がって、買い物してくるって出ていった」と言った。
「このあたりはみんなそうじゃん」
「そうなの?」
 驚いた顔をする倫太郎に、ぼくはやっと笑い返した。
「そうだったでしょ、変なやつなんて」
 その言葉を言ったことを後悔した。不用心だったから、倫太郎は。
「なんだよ」
「ごめん」
「なにが?」
「なんでもない」
「へんなの」
 倫太郎は麦茶をついで、「テル、やっぱ面白いなあ」と言った。
「なんだよ」
「きっと面白いんだろうなって思ってた」
 倫太郎は少し考え、年を取っても、と付け加えた。