8
結局ぼくらは新宿都庁にのぼった。
お気に入りの人力車のおにいさん(イケメン高身長色黒で笑顔がかわいく礼儀正しい、そうである)とやらが電話確認したらお休みだったらしく、いきなりテツさんのンションがダダ下がり、
「近所でいい?」
と新宿まで行き、そして欲しいものはとくにないとぼくが言うと、じゃあとりあえず夕方の東京でも見とく? と展望台にあがったのだった。
「こんなとこあるんですね」
ぼくは着くなり声をあげた。高い場所から一望する東京は、とにかくごちゃごちゃしていて、隙間なく建物があった。
「まあね、わりとデートできたりしたんだ」
とテツさんはなぜか自慢げに言った。
「へえ、モテるんですね」
ぼくが窓にへばりついて眺めていると、
「まあ木戸とだけど」
と言った。
「やっぱり」
「なんだよ、知ってたのか」
テツさんが驚いて声をかけた。
「いや、なんか、はい」
むしろ察しろくらいの感じだっただろ、と思ったけれど言わずにいた。
そもそも格好もテンションも似通っている。
そして変にぼくと木戸さんがデキているんじゃないか、と疑っていたくせに。わからないわけがない。昨晩のことはやっぱり内緒にしておこう。
「昔からお付き合いされてるんですか」
「付き合っていた、だね」
「あ、すみません。でもいまでも仲良いんですよね」
「どうだか。久しぶりに連絡が来たと思ったら」
「保護者になれ、と」
「まあそういうとこ。あいつは他に頼れる相手はいないのか」
「たぶん緊急で、どうしようって思ったとき、真っ先に思いついたのが」
と言ったとき、きっと木戸さんだってまだテツさんのことを、と思った。
「なんだよ、続きを言いなさいな」
「いや、なんでもないっす」
「唐突の語尾が体育会系、ウケんだが」
「そんなことないっす」
「笑かすな」
夕日が沈んでいく。
そして夜がやってきていた。
そして夜を超えて、朝がやってくる。
一見太陽が休んでいるかのように錯覚するけれど、地球の裏で、ぼくの行ったことのない場所を照らしているのか。
「地球、広いなあ」
と言うと、
「なにを今更」
とテツさんが横に立った。
「木戸さんに会いにきたりしないんですか」
ぼくが訊ねた。「今日東京にきてみて、こようと思ったら、これるんだなって、思いました」
なんだかとても遠い場所だと昨日の夕方は思っていたのに、いまはそこで夕陽を落ちるのを眺めている。
不思議だ。
新幹線に乗ってきたのだけれど、どこか瞬間移動したみたいな気分だった。
どこまでだって、行こうと思えば行けるんだ、ということがわかったら、心のどこかがすっきりした。
「むしろあっちがくりゃいいじゃないか」
テツさんが言った。
なるほど、そういうことか、となんとなく察した。会いにきてほしい、と。
「でも、急にテツさんがきたら、木戸さん喜ぶかもしれないじゃないですか」
「どうだか、こんなかわいい男子高生がそばで若い匂い撒き散らしてるんだぞ。あいつからすりゃこんなご褒美の世界壊されたくないだろ」
「なんすかそれ」
「ぼくらが出会ったのは高校のときだったから」
テツさんが窓に顔を近づけて「富士山見えないかな」
と言った。
都庁から出ると、街は夜になっていた。
「さて、これからぼくは働くよ」
テツさんが背を伸ばして言った。
「いまからだったんですか」
「そうだよ。なので、今日は寝てない」
「ごめんなさい」
「いやいや、たまには昼間のシャバの空気を吸うのも楽しいじゃん。人力車だけが心残りだ。足の筋肉すごいんだから。若者には刺激が強過ぎるかもしれんなあ」
と、最後まで茶化しているテツさんを、ぼくはありがたく思った。
「大人になったらおいで。サービスはしないけど。残りわずかな東京ライフ、楽しんで」
駅で、テツさんはぼくにショップカードを渡して去っていった。
『ゲイバー イーハトー房』
ぼくはもらった名刺を見て、そういえば、昨晩は銀河鉄道なんてことを考えていたな、と思いだした。
あのときはテンションが上がって、カンパネルラをなんて言っていたけれど、見つからないまま、明日には帰宅だ。
あとはもう、レンが悲しい顔で歩いていなければいい、と思った。
あの、東京までぼくを導いた夢は、あれは未来ではなくて、ただの自分の心象風景でしかなかったんではないか、とも思った。
そうであったらいい。
レンはほんとうにただの金持ちのおちこぼれで、夜の街をさまよっているとしたら?
せめて、レンの上に、ぼくの村みたいに満点の星があったならいいのに。
でも、辛い思いをしている人は、なかなか空を見上げることなんてしない。
そして、東京には夜空なんてない。
地上が明るすぎて。
だから寂しい人は、寂しいことから目を逸らすことができない。
そのとき、スマホが鳴った。
『いまどこ?』
大きいお兄ちゃんからだった。
結局ぼくらは新宿都庁にのぼった。
お気に入りの人力車のおにいさん(イケメン高身長色黒で笑顔がかわいく礼儀正しい、そうである)とやらが電話確認したらお休みだったらしく、いきなりテツさんのンションがダダ下がり、
「近所でいい?」
と新宿まで行き、そして欲しいものはとくにないとぼくが言うと、じゃあとりあえず夕方の東京でも見とく? と展望台にあがったのだった。
「こんなとこあるんですね」
ぼくは着くなり声をあげた。高い場所から一望する東京は、とにかくごちゃごちゃしていて、隙間なく建物があった。
「まあね、わりとデートできたりしたんだ」
とテツさんはなぜか自慢げに言った。
「へえ、モテるんですね」
ぼくが窓にへばりついて眺めていると、
「まあ木戸とだけど」
と言った。
「やっぱり」
「なんだよ、知ってたのか」
テツさんが驚いて声をかけた。
「いや、なんか、はい」
むしろ察しろくらいの感じだっただろ、と思ったけれど言わずにいた。
そもそも格好もテンションも似通っている。
そして変にぼくと木戸さんがデキているんじゃないか、と疑っていたくせに。わからないわけがない。昨晩のことはやっぱり内緒にしておこう。
「昔からお付き合いされてるんですか」
「付き合っていた、だね」
「あ、すみません。でもいまでも仲良いんですよね」
「どうだか。久しぶりに連絡が来たと思ったら」
「保護者になれ、と」
「まあそういうとこ。あいつは他に頼れる相手はいないのか」
「たぶん緊急で、どうしようって思ったとき、真っ先に思いついたのが」
と言ったとき、きっと木戸さんだってまだテツさんのことを、と思った。
「なんだよ、続きを言いなさいな」
「いや、なんでもないっす」
「唐突の語尾が体育会系、ウケんだが」
「そんなことないっす」
「笑かすな」
夕日が沈んでいく。
そして夜がやってきていた。
そして夜を超えて、朝がやってくる。
一見太陽が休んでいるかのように錯覚するけれど、地球の裏で、ぼくの行ったことのない場所を照らしているのか。
「地球、広いなあ」
と言うと、
「なにを今更」
とテツさんが横に立った。
「木戸さんに会いにきたりしないんですか」
ぼくが訊ねた。「今日東京にきてみて、こようと思ったら、これるんだなって、思いました」
なんだかとても遠い場所だと昨日の夕方は思っていたのに、いまはそこで夕陽を落ちるのを眺めている。
不思議だ。
新幹線に乗ってきたのだけれど、どこか瞬間移動したみたいな気分だった。
どこまでだって、行こうと思えば行けるんだ、ということがわかったら、心のどこかがすっきりした。
「むしろあっちがくりゃいいじゃないか」
テツさんが言った。
なるほど、そういうことか、となんとなく察した。会いにきてほしい、と。
「でも、急にテツさんがきたら、木戸さん喜ぶかもしれないじゃないですか」
「どうだか、こんなかわいい男子高生がそばで若い匂い撒き散らしてるんだぞ。あいつからすりゃこんなご褒美の世界壊されたくないだろ」
「なんすかそれ」
「ぼくらが出会ったのは高校のときだったから」
テツさんが窓に顔を近づけて「富士山見えないかな」
と言った。
都庁から出ると、街は夜になっていた。
「さて、これからぼくは働くよ」
テツさんが背を伸ばして言った。
「いまからだったんですか」
「そうだよ。なので、今日は寝てない」
「ごめんなさい」
「いやいや、たまには昼間のシャバの空気を吸うのも楽しいじゃん。人力車だけが心残りだ。足の筋肉すごいんだから。若者には刺激が強過ぎるかもしれんなあ」
と、最後まで茶化しているテツさんを、ぼくはありがたく思った。
「大人になったらおいで。サービスはしないけど。残りわずかな東京ライフ、楽しんで」
駅で、テツさんはぼくにショップカードを渡して去っていった。
『ゲイバー イーハトー房』
ぼくはもらった名刺を見て、そういえば、昨晩は銀河鉄道なんてことを考えていたな、と思いだした。
あのときはテンションが上がって、カンパネルラをなんて言っていたけれど、見つからないまま、明日には帰宅だ。
あとはもう、レンが悲しい顔で歩いていなければいい、と思った。
あの、東京までぼくを導いた夢は、あれは未来ではなくて、ただの自分の心象風景でしかなかったんではないか、とも思った。
そうであったらいい。
レンはほんとうにただの金持ちのおちこぼれで、夜の街をさまよっているとしたら?
せめて、レンの上に、ぼくの村みたいに満点の星があったならいいのに。
でも、辛い思いをしている人は、なかなか空を見上げることなんてしない。
そして、東京には夜空なんてない。
地上が明るすぎて。
だから寂しい人は、寂しいことから目を逸らすことができない。
そのとき、スマホが鳴った。
『いまどこ?』
大きいお兄ちゃんからだった。