この村の若いみんなは、生まれ故郷であるここが嫌いで、だからみんな高校を卒業すると、この街以外の場所へ進学したり就職したりして、逃げるように出ていってしまう。
 ここにはあまり働く場所もないし、高校より上の進学先も、ろくにないからだ。そしてここから山の向こうはどうやらとても便利で居心地が良くって、みんな帰ってこない。たしかにここは不便だ。本屋だって最近潰れてしまったし、コンビニエンスストアも撤退してしまった。ちょっと買い物をするには、車に乗るか電車に乗ったりして、ここよりいくぶんましな町まで行くしかない。そして一番のいやなところは、遊ぶ場所が、なんにもないのだ。
 ただただ畑が広がり、周囲を山が囲んでいる、なんだかいつ世の中から置いてけぼりにされてもおかしくないような場所だった。もうすでにそんな扱いかもしれない。
 ぼくには二人兄貴がいるんだけれど、二人とも、遠くの大学に入って、そのまま都会で働いている。忙しくしているんだろう。ちっとも帰ってこない。
 一緒に暮らしているおじいちゃんだって、最後の孫であるぼくも高校を卒業したら出ていくのだろうと心の底では思っている。そういう話題をなんとなく避けながら、ぼくらは暮らしている。
 将来なにになりたい、という明確なものをどうしても持つことができなかったぼくは、ここでなんとか働いて暮らすことができないものか、と考えている。
 正直、ぼくはわからない。そして、ここで待っていたい気がするのだ。
 あのとき泣きながら離れ離れになった、大事な友達を。
 
 高校二年の夏休みが始まった日のことだった。
「出口のテルちゃん、成績どうだった?」
 駅からでたところで、村の駐在の木戸さんに声をかけられた。自転車に乗って、手を振っている。
「よくもなく悪くもなくかなあ」
 ぼくらは一緒に畦道を歩いた。
「冴えねえなあ」
 木戸さんに人なっつっこい笑いを浮かべられても、ぼくのほうはつられることはなかった。成績が伸び悩んでいるからでなく、木戸さんがウザかったからだ。
 木戸さんは二十四歳で(知りたくもないけど教えてくれた。ついでに誕生日も)、村でいちばん歳が近いぼくにやたらと話しかけてくる。「好きなこいないの?」とか「将来どーすんの」なんて、本当に知りたいわけでもないだろうに、ずけずけと。適当にやりすごしていた。実際のところ、そういう自分のこと、がいまだにわからなかった。なんだかふわふわと生きている気がする。同級生たちが好きになったり嫌いになったり、未来のことを夢見たり今の時間を潰そうとやたらめったらと遊んでいるとき、ぼくはいつだってぼんやり周りを眺めているばかりだった。
「なんで一緒に歩いてるんですか」
 のろのろと無目的に自転車をこいでいるようにしか思えなかったので、ぼくは言った。
「パトロールだよ、パトロール」
 ぼくがイラついていることなどおかまいなしに、木戸さんは口笛なんて吹きながらついてくる。
「木戸さんは高校のとき成績」
「悪かったね」
 と即答したので、
「ああ、でしょうね」
 と反射的に返してしまった。
「あん?」
 凄みながら顔を寄せてくる木戸さんからぼくは一歩離れた。
「いや、きっと勉強以外にやることいっぱいあったんだろうなって」
 ぼくはてきとうな言い訳をした。
「まあな。ていうか、片道一時間かけて高校通ってるんじゃ、やりたいことできないだろ」
 木戸さんは言った。
 このあたりには高校はないので、ぼくは電車で通っていた。
 実際のところ、木戸さんは村の人気者ではある。が、どうも頼りない。駐在所にいても、だいたいゲームをしていたり、プラモデルを作っていたりする。アニメや漫画が大好きである。このあたりに配属されたときは、はじめのうち絶望していたらしいが、ネットと通販もあるのでとくにストレスは、ないらしい。どう考えても言動や見た感じが「元ヤンキー、ていうかヤカラ」のようにしか見えないが、親切である。お年寄りのために電球をつけかえてやったり、屋根の修繕までしてやっている。警官というより、なんでもやだった。事件が起きないように自転車をこいでパトロールしているというより、住んでいるお年寄りがなにか困ったことがないかと見守りをしていた。
 見た目だって悪くはないが、私服のセンスはゼロだ。ダサい和柄のシャツとか、特撮のナントカ戦隊のTシャツを着て、雪駄ばき。田舎者のぼくですら、「やば」と思ってしまういでたちで、非番の日はほっつき歩いている。非常にもったいない人、である。
「ま、夏休み楽しみなよ。暇ならゲームしようぜ。駅の方にWi-Fiがついたし」
「考えときます」
「さっさと成績表見せて、ちょっと怒られたらもう夏だぞ。いいな〜、高校生」
 家の前に到着すると、手を振りながら木戸さんは去っていった。片手運転なんて、手本にならないんじゃないのか、と言ってやりたかったが、やめた。