「――グランプリに輝いたのは……! このバンドだっ……!!」
武道館でのライブは、光のような速さで時が過ぎていった。
ステージの上から見た光景、湧き上がるオーディエンス、爆音のバンドサウンド、一緒に演奏した金沢先輩、凛、そしてヒナの表情。
それらすべてが瞼の裏に焼き付いている。忘れようのない、一生の宝物。
そして今、コンテストのグランプリが発表されている。
ステージの上、大きなスクリーンに映し出されたのは、僕らのバンド名だった。
陽菜世先輩の夢、そして僕らの悲願が、ついにこの瞬間叶ったのだ。
そこから先は興奮してよく覚えていない。
グランプリのトロフィーを獲得して、なんやかんやたくさんの取材を受け、クタクタになった僕は宿舎の寝床へ倒れ込んだ。
次に目が覚めたのは、ホテルのチェックアウト時刻にギリギリ間に合うかどうかという時間だった。
いつもならヒナが起こしてくれるはず。でも、それがなかった。
だから僕は寝坊してしまった時点で、なんとなく何が起こったのかを察してしまったのだった。
残されていたのはヒナが自分で撮ったと思われるメッセージ動画。そして、彼女がやっとのことで完成させた自分の曲をアカペラで歌った音声データだった。
帰りの新幹線で僕はそれを観て、聴いて、声を押し殺すように泣いた。
僕を支えてくれた陽菜世先輩も、ヒナも、もういない。そんな簡単な事実が、簡単じゃない僕の感情を揺さぶる。
強烈な喪失感だった。陽菜世先輩が死んだときと、同じくらいのそれは、僕の心の中にまたポッカリと大きな穴を開けた。
また引きこもってしまおうか。
そんな魔が差したこともあったけれど、不思議と僕はそんな後ろ向きな行動をとることはしなかった。
こんなことになってもちゃんと前を向けるよう、ヒナが僕のことを変えてくれたんだ。
わかってはいたけれど、僕はまた感情が心の器から溢れ出そうになってまた泣いた。
でも、泣き終えた頃には、不思議とギターを手にとって、また僕は音楽を作りだしていた。
陽菜世先輩とヒナがここにいたことを、ずっとずっと残していくため、僕は動き出した。
※※※
「晴彦、新幹線の時間大丈夫? ここから駅まで結構かかるけど」
「大丈夫大丈夫。もし遅れてもなんとかなるし、東京で待ってる金沢先輩もそんなに気にしないだろうし」
「もう、そんな適当なことをヒナ先輩の墓前で言ってたら怒られるよ?」
「墓前じゃなくても怒られそうだけど」
「それは確かにそうかも」
陽菜世先輩のお墓参りを終えた僕らは、東京に向かうため東岡崎駅へと歩き出す。
墓前には、デモ音源の入ったCD−Rが供えられていた。
あれから一年半が経った。
コンテストでグランプリを受賞した僕らのバンドは、晴れてメジャーデビューをすることが決まった。
本当は受賞後すぐにデビューしてもよかったのだが、ありがたいことに僕と凛が高校を卒業するのを待ってもらえた。
そして昨日卒業式を終え、僕と凛はこれから新幹線に乗って上京しようとしていたところだ。
ちなみに一年早く卒業した金沢先輩は、東京都内の専門学校で勉強しつつたまにこちらに戻ってきてバンド活動をしていた。彼だけはもうすっかり向こうの人だ。東京はなんでもあるから楽しいぞと、こっちに来るたびにそんなことを言っている。その割には毎回スガキヤに寄ってラーメンやソフトクリームをこれでもかというほど食いだめしていくのだが。
そういうわけでこれからは活動の拠点を東京に移し、いち音楽人としてのキャリアを歩んでいくことになる。
会社員や公務員と違って収入も生活も安定はしていないし、頑張ったからといって評価される世界でもない。
でも、この道を選ぶことに迷いはなかった。進むべきだという道しるべを陽菜世先輩とヒナが示してくれたおかげだ。
この先どんな未来が待っているかはわからないけど、陽菜世先輩に顔向け出来ないような情けない結果にならないよう、必死で頑張ろうと思う。多分それが、彼女の望んでいることだと思うから。
「それにしたって、よくあの歌のデータから一曲仕上げたよね」
「もう大変だったよ。先輩ったら歌はうまいけどリズム感壊滅的なんだもん。補正修正でどれだけ時間取られたか……。リズムに厳しい凛がボーカルもやってくれるようになって本当によかったよ」
「そんなこと言ったら、ヒナ先輩から天罰が下るかもよ?」
「うっ……割と冗談抜きでなにかやってきそうだから怖いな……」
駅へ向かう道中、そんな話になった。
ヒナが消えたときに残してくれたアカペラの歌データをもとに、僕は曲を仕上げた。
完成させたのはいいのだけれども、さすがにもうこの世にいないメンバーの歌だったので、その行き場所に困っていたのだが……。
「まさかデビューアルバムに収録してもらえるとはね」
「あのプロデューサーのことだから話題作りのためなんだろうけどね。でも、先輩の歌をみんなに聴いてもらえるのは、嬉しいな」
メジャーデビューにあたってお世話になっているプロデューサーが、その曲をアルバムに収録しようと言ってくれたのだ。
向こうとしては天国にいるメンバーが残した奇跡の音源というお涙頂戴的な売り込みをしたかったのだろう。僕らにはまったくそういうつもりはなかったのだけれども、陽菜世先輩が作った曲が陽菜世先輩の声で世の中に広まっていくのであれば、それは喜ばしいことだと考えた。
「でもさ、あれでよかったの?」
「なにが?」
「ほらその、クレジット表記っていうの? 作詞作曲のやつ」
「ああ、あれでいいんだよ」
「晴彦に印税入らなくなっちゃうけど?」
「あの曲に関しては、お金じゃないからね」
「……そう言ってるけど晴彦、あの曲がめっちゃ売れちゃって後悔しそうだよね」
「あはは……それは……どうかな?」
僕らのバンドのデビューアルバムに収録された陽菜世先輩の曲。
タイトルは『さくらのうた』
桜まつりの終わった夜の岡崎公園で陽菜世先輩が作り上げた、彼女らしさのあるアップテンポなナンバー。
僕は陽菜世先輩が作った歌が永遠に残り続けるよう、その曲にこのように刻み込んだ。
――「作詞作曲 相模陽菜世」と。
<了>
武道館でのライブは、光のような速さで時が過ぎていった。
ステージの上から見た光景、湧き上がるオーディエンス、爆音のバンドサウンド、一緒に演奏した金沢先輩、凛、そしてヒナの表情。
それらすべてが瞼の裏に焼き付いている。忘れようのない、一生の宝物。
そして今、コンテストのグランプリが発表されている。
ステージの上、大きなスクリーンに映し出されたのは、僕らのバンド名だった。
陽菜世先輩の夢、そして僕らの悲願が、ついにこの瞬間叶ったのだ。
そこから先は興奮してよく覚えていない。
グランプリのトロフィーを獲得して、なんやかんやたくさんの取材を受け、クタクタになった僕は宿舎の寝床へ倒れ込んだ。
次に目が覚めたのは、ホテルのチェックアウト時刻にギリギリ間に合うかどうかという時間だった。
いつもならヒナが起こしてくれるはず。でも、それがなかった。
だから僕は寝坊してしまった時点で、なんとなく何が起こったのかを察してしまったのだった。
残されていたのはヒナが自分で撮ったと思われるメッセージ動画。そして、彼女がやっとのことで完成させた自分の曲をアカペラで歌った音声データだった。
帰りの新幹線で僕はそれを観て、聴いて、声を押し殺すように泣いた。
僕を支えてくれた陽菜世先輩も、ヒナも、もういない。そんな簡単な事実が、簡単じゃない僕の感情を揺さぶる。
強烈な喪失感だった。陽菜世先輩が死んだときと、同じくらいのそれは、僕の心の中にまたポッカリと大きな穴を開けた。
また引きこもってしまおうか。
そんな魔が差したこともあったけれど、不思議と僕はそんな後ろ向きな行動をとることはしなかった。
こんなことになってもちゃんと前を向けるよう、ヒナが僕のことを変えてくれたんだ。
わかってはいたけれど、僕はまた感情が心の器から溢れ出そうになってまた泣いた。
でも、泣き終えた頃には、不思議とギターを手にとって、また僕は音楽を作りだしていた。
陽菜世先輩とヒナがここにいたことを、ずっとずっと残していくため、僕は動き出した。
※※※
「晴彦、新幹線の時間大丈夫? ここから駅まで結構かかるけど」
「大丈夫大丈夫。もし遅れてもなんとかなるし、東京で待ってる金沢先輩もそんなに気にしないだろうし」
「もう、そんな適当なことをヒナ先輩の墓前で言ってたら怒られるよ?」
「墓前じゃなくても怒られそうだけど」
「それは確かにそうかも」
陽菜世先輩のお墓参りを終えた僕らは、東京に向かうため東岡崎駅へと歩き出す。
墓前には、デモ音源の入ったCD−Rが供えられていた。
あれから一年半が経った。
コンテストでグランプリを受賞した僕らのバンドは、晴れてメジャーデビューをすることが決まった。
本当は受賞後すぐにデビューしてもよかったのだが、ありがたいことに僕と凛が高校を卒業するのを待ってもらえた。
そして昨日卒業式を終え、僕と凛はこれから新幹線に乗って上京しようとしていたところだ。
ちなみに一年早く卒業した金沢先輩は、東京都内の専門学校で勉強しつつたまにこちらに戻ってきてバンド活動をしていた。彼だけはもうすっかり向こうの人だ。東京はなんでもあるから楽しいぞと、こっちに来るたびにそんなことを言っている。その割には毎回スガキヤに寄ってラーメンやソフトクリームをこれでもかというほど食いだめしていくのだが。
そういうわけでこれからは活動の拠点を東京に移し、いち音楽人としてのキャリアを歩んでいくことになる。
会社員や公務員と違って収入も生活も安定はしていないし、頑張ったからといって評価される世界でもない。
でも、この道を選ぶことに迷いはなかった。進むべきだという道しるべを陽菜世先輩とヒナが示してくれたおかげだ。
この先どんな未来が待っているかはわからないけど、陽菜世先輩に顔向け出来ないような情けない結果にならないよう、必死で頑張ろうと思う。多分それが、彼女の望んでいることだと思うから。
「それにしたって、よくあの歌のデータから一曲仕上げたよね」
「もう大変だったよ。先輩ったら歌はうまいけどリズム感壊滅的なんだもん。補正修正でどれだけ時間取られたか……。リズムに厳しい凛がボーカルもやってくれるようになって本当によかったよ」
「そんなこと言ったら、ヒナ先輩から天罰が下るかもよ?」
「うっ……割と冗談抜きでなにかやってきそうだから怖いな……」
駅へ向かう道中、そんな話になった。
ヒナが消えたときに残してくれたアカペラの歌データをもとに、僕は曲を仕上げた。
完成させたのはいいのだけれども、さすがにもうこの世にいないメンバーの歌だったので、その行き場所に困っていたのだが……。
「まさかデビューアルバムに収録してもらえるとはね」
「あのプロデューサーのことだから話題作りのためなんだろうけどね。でも、先輩の歌をみんなに聴いてもらえるのは、嬉しいな」
メジャーデビューにあたってお世話になっているプロデューサーが、その曲をアルバムに収録しようと言ってくれたのだ。
向こうとしては天国にいるメンバーが残した奇跡の音源というお涙頂戴的な売り込みをしたかったのだろう。僕らにはまったくそういうつもりはなかったのだけれども、陽菜世先輩が作った曲が陽菜世先輩の声で世の中に広まっていくのであれば、それは喜ばしいことだと考えた。
「でもさ、あれでよかったの?」
「なにが?」
「ほらその、クレジット表記っていうの? 作詞作曲のやつ」
「ああ、あれでいいんだよ」
「晴彦に印税入らなくなっちゃうけど?」
「あの曲に関しては、お金じゃないからね」
「……そう言ってるけど晴彦、あの曲がめっちゃ売れちゃって後悔しそうだよね」
「あはは……それは……どうかな?」
僕らのバンドのデビューアルバムに収録された陽菜世先輩の曲。
タイトルは『さくらのうた』
桜まつりの終わった夜の岡崎公園で陽菜世先輩が作り上げた、彼女らしさのあるアップテンポなナンバー。
僕は陽菜世先輩が作った歌が永遠に残り続けるよう、その曲にこのように刻み込んだ。
――「作詞作曲 相模陽菜世」と。
<了>