「ここ、全席禁煙みたいだよ」

「ふん。だからファミレスって嫌い」

 煙草をケースに戻すと、メニューを手に取ってパラパラとめくり出した。
 私はドリンクバーだけ頼んでいたけど、チャミは何か食べるみたいだ。

「夜の相手って……みんなさせられるの?」

「あたしはしてない。この傷の話、したでしょ?」

 ミナが首筋にある痛々しい傷跡を指差した。

「えっ?」

「襲われそうになった時に、自分で切りつけたってやつよ。それ以来、誰もあたしには手を出してこない」

 ニヤリと笑うミナを見て、私は胸がギュッと痛んだ。
 
「ま、おかげで他の子より薬の量も多めで、ドラッグの売人のところへお使いさせられているんだけどね」

 きっとあのタワーの地下にあるクラブで薬の売買をしているんだろう。
 どこか焦点が合わない目をしていたあの日、ミナは「お使いいにく」と言っていた。

 それを思い出すと、また胸の奥がギュッと痛む。
 この感覚は知っているような気がした。

 そう、この子を救いたいと思った感覚だ。きっと私はそんなお節介をしようとしていたのかもしれない。
 なんの力もないのに――――?

「あたし、パフェ食べる」

 そう言って、ミナはタッチパネルのタブレットから大きなプリンの乗ったパフェを注文した。

「夕璃は無事に逃げたんだよね?」

 急に真顔になったミナが私の目を真っ直ぐ見た。
 そして、その言葉の意味がわからず、だけどとても怖いことを言われた気がして、私は身体が震えた。

「な、なに? 逃げた……?」

「あの家に連れて来られたけど、ちゃんと逃がしたって真聖(しんせい)さんが言ってたよ」

 あの家に――――? 私も連れて行かれたの⁉

「や、やだ。こわい……」

「えっ? なに? ちがうの? まさか、ヤラれちゃったの?」

「や、やめてよ。私……覚えてないの」

 だけど、私は死のうとしていた。それって、もしかして、襲われたから――――?

 きちんと服は着ていたけど……。でも、その日じゃないかもしれない。
 襲われたりしたら、死にたくなるかもしれない。

 私の脳裏に、さっき見た映像の中で二人の男に襲われていた女の子の姿が過ぎった。
 あんな乱暴なことをされたら、恐怖と恥ずかしさでもう生きてなんていけないかもしれない。

「覚えていないって、ヤラれたかどうか?」

「そのことだけじゃなくて…………。真樹紅にいた時の記憶がまるまる二週間分ない。Shin-Raiにいた時のことも、ミナとどうして知り合ったのかも覚えていない」

「へっ⁉」

 ミナが変な声を出した時、プリンの乗ったパフェが運ばれてきた。

 しばらくの間、ミナはこちらを見ずに無言でパフェを食べることに集中していたから、私もドリンクを取りに席を立った。
 コーラを片手に席に戻ると、ミナがゆっくりと顔を上げて私を見た。

「記憶がないって、色々とショックだったからなの? 真樹紅の生活が」

「それもあるかもしれないけど。頭を殴られたの。包帯は取っているけど、まだ完治していなくて後頭部が痛いの」

「ええっ、それって、やっぱりあの家の人に⁉」

「わかんないけど。でも、そもそも私は死ぬつもりだったみたい。友達に遺書を残していたの。だけど、それを役立てることもなく、人に殴られて一命を取り留めた」

 そう考えると、殴られたことで命を助けられたことになる。
 人に殴られているんだから、嬉しくもなんともないけれど。