お持たせのケーキと紅茶を乗せたトレーを持って部屋に入ると、白いローテーブルの前に座っているスミレの横顔が見えた。
それは彼女の素の表情だと感じるものだった。
いつも悟られないよう周囲に気を遣う、姉御肌のスミレだから、笑顔にしても気の強そうな表情にしても、どこか作られたものだったのかもしれない。
普段はそんなことを感じたことはなかったけれど、今、この素の表情を目の当たりにしたから、そうなんだろうという印象を持った。
今まで、素顔を晒せない関係だったのかもしれない。そう思うと、少し寂しいけれど。
私に気づいたスミレはその表情を変えずにこちらに視線を向けた。
彼女は無表情だった。それが私には素に思えた。
「これ、なに?」
スミレがテーブルの上に置かれた箱を指差した。
ママが持たせてくれた和菓子の箱――――。
そこにはあのメモが乗せられていた。
私は持ってきたトレーをスミレの前に置くと、その箱を素早く手に取った。
「和菓子だよ。スミレと一緒に食べようと思って」
「夕璃、真樹紅に行ったんでしょ?何があったの?誰かが逮捕されたら安全って――――」
「だから、記憶がないの!」
思わず声を荒げてしまうと、スミレは驚いたように口をつぐんだ。
「でも、ここにいたら関係なくなって大丈夫だから……」
それも確信はなかったけれど。
少なくともつけられてはいないし、盗聴器も発信機も捨てたから、この家まではわからないはず。
佐間川まではバレているけど。
しばらくの沈黙の後、スミレがおもむろにスマホを出した。
「――菜々、遅いね。LINEしてみようか?」
軽快にスマホ画面をタップしていくスミレを見て、私は慌てて彼女を制した。
「ごめんね、菜々は呼んでない」
「えっ?なんで?喧嘩――じゃないよね?」
「ちがうけど……」
どう伝えようか迷う。でも、きっと早かれ遅かれ早川君から聞くような情報は私から話した方がいいに決まっている。
スミレと向き合って座ると、私は真っ直ぐ彼女の切れ長の目を見つめた。
「早川君から聞いたかもしれないけどね。私はテッちゃんに振られたの」
「――――うん」
真顔で私を見つめ返すスミレ。驚かないということは、やっぱり聞いていたのだろう。
「これも聞いているかもしれないけど。テッちゃんは菜々を好きなのね」
「えっ!?」
それは聞いていなかったらしい。スミレが目を見開いて驚いている。
「それはね、私は一年生の頃から知っていて。テッちゃんより先に気づいたんだ」
「もしかして、今回の家出はそれが原因なの?」
家出――――?
記憶がないから、家出という自覚はないけれど。実際はそういうことなんだろうと思った。
だから、あのM氏にも目をつけられたのかもしれない。
家出少女だったから。
私はそのとき、ルイに託したという菜々に宛てた手紙の存在を思い出した。
盗聴器の中で会話をするとか、つけられていたらしいとか、衝撃的なことがあってすっかり忘れていたけれど。