家に着くまでに、ルイの中に埋め込まれていた盗聴器と発信機を探した。真樹紅からも甘利からも遠く、乗り換え駅でもない適当な駅のトイレで確認して、ゴミ箱に捨てた。

 念のため、他の荷物も全部見たけど、他には何も隠されていなかった。

 誰にどうして狙われているのか、それがわからなくて落ち着かない。

 追っ手がいるなら、真樹紅から電車で二時間はかかる隣県の我が家にたどり着くことはない、と信じたいけれど。

 とりあえず日常に戻ろうと、ずっと続いている胸の動悸を抑えながら、スミレを迎える支度をしないと、という思考が働いていく。

 ケーキでも買いたかったけど、精神的な余裕がなくてケーキ屋さんに立ち寄らなかったことを思い出した。

「あっ、これ……」

 荷物を部屋に運びながら、ママに渡された和菓子らしい箱に気づいた。
 スーツケースの中を取り出すのはあとにして、私は箱の中身を確認した。

 ふたを開けるとメモ用紙に書かれた達筆な文字が飛び込んできた。

『松村和敏が逮捕されることを確認したら、あなたは安全です』

 あの時、ママが書いたのだろう。

 松村和敏というのは、きっと来夢さんの父親でママの恋人である怪しい紳士M氏のことだよね――――?

 来夢さんが報道を気にするようにと言っていたのは、M氏が逮捕されることを指しているの?
 摘発って、やっぱり悪事を暴こうとしているの?

 私が狙われていたのが関係するのだろうか……?


 そのとき、静まり返っていた家の中にチャイムが鳴り響いて全身が凍りついた。

 恐る恐る階段を下りてモニターをチェックすると、出るのが遅くて待っているという様子のスミレの姿が映った。

 そうだった、スミレが来るんだった、と安堵して力が抜けた。

「金髪、意外と似合うね」

 早川君から聞いていたのだろう。ドアが開くと私の頭を見て、開口一番でスミレはそう言うとニヤリと笑った。

「そうかな。真樹紅で出会った人にも、そう言われたみたい」

「へえ……」

 靴を脱ぎながら、スミレは何か言いたげに私を見た。

「なに?」

「ううん。記憶が無いって聞いていたから……」

「うん。二週間分の記憶がないの」

 スミレと話をしていると、ここが私の日常のはずだという感覚と、なんだかここは平和すぎて違和感があるという不思議な感覚に襲われる。

 さっきまで言い知れない恐怖の中にいたからだろうか――――?

 あのM氏のとろこに行ったら最後、普通の幸せは得られないとジュリちゃんが言っていた。
 だけど、そんな所にミナはいるのだろうか……?

 ミナとの関係性はわからないけど、私はとても気にしていたように思う。
 ママにお水を渡していた記憶の中で、私は友達のために動かなきゃと思っていた。


 私には、しなければいけないことがあったんじゃないだろうか?
 私はここに帰ってきて良かったんだろうか……?
 
「どうした? 大丈夫?」

 スミレが心配そうに私の顔をのぞき込んだ。

「うん。なにか飲み物持って行くから、先に私の部屋に行っていてくれる?」

「あっ、これ。駅前で買ったの」

 スミレがケーキ屋さんの箱を手渡した。私が寄ろうと思っていたケーキ屋さんだったから、かぶらなくて良かった。