お店の扉を開けると、外で来夢さんが煙草を吸いながら待っていた。
「お待たせ……したんですよね?」
「別に。煙草吸ってただけだから」
来夢さんが煙草を地面に落とすと、かかとで踏んで消した。
そして、私の顔を見るとニヤリと笑ってその吸殻を拾ってみせた。
「ナナちゃんにさ、前に注意されたんだよな。ポイ捨てするなって」
そう言いながら、少し先の煙草屋さんの前にあった灰皿に吸殻を投げた。
「そう、なんだ」
うん、ポイ捨ては注意するかもしれない。ていうか、今もそのまま立ち去ろうとしたら何か言ったかも。
「そういうの、ナナちゃんらしいんだけどさ。そんな正義感がここでは命取りになることもあるから」
まるでヒントのように意味深なことを言われ、私はドキッと胸が高鳴って来夢さんの顔を見上げた。
「あ、あの。来夢さんってM氏の息子ってわけじゃないの? ママとM氏は……恋人同士なんでしょ?」
夏がよく似合う日焼けした顔でくしゃっと笑うと、来夢さんは「あっ、そうだ」と言って胸ポケットからメモ用紙とボールペンを取り出した。
「俺の連絡先。持って行けよ」
そう言いながら、サラサラとその場で何か文字を書いている。
私の質問は無視かな……?
書き終わると、来夢さんは用意していたらしいもう一枚のメモ用紙の上に重ねて差し出した。
『クマのぬいぐるみに盗聴器と発信機が隠されている』
それを読んで全身が凍り付いた。
ジュリちゃんもママも帰ってくるなと言っていた。
部屋には盗聴器があり、たぶんお店にもあったんだろう。
だけど、お店を辞めても解放されないの――――?
怖い。私はなにをマークされているの?
このまま帰っても大丈夫なの……?
あらかじめ用意されていた二枚目のメモを見ると、携帯番号が書かれている。そして、その下に「危険が迫っていると思った時だけかけてこい。必ず公衆電話から」と書かれていた。
私は全身が震えていくのが分かった。
「M氏は俺の血の繋がった父親だ。兄貴はM氏のもとで働いて松村も名乗っている。俺は母さんのところで、風間って母さんの姓を名乗っている」
「へっ?」
「ハハッ、さっきの質問に答えてなかったからさ。そんな話、前にもしたんだけどな」
そんなことを大きな声で話すということは、あの松村とママの関係は特に隠しているネタでもなくオープンな状態なんだろう。
「俺、これから出かけっからさ。途中まで一緒に行こうぜ」
そう言うと、来夢さんは震える私の肩を掴んで歩かせた。そして、耳元で囁くように言った。
「大丈夫だ。誰もついて来ないよう、まいてやる」
ついてくるの? 誰かにつけられているの?
背中がサッと冷たくなって胸がドキドキしていく。
「ふり向くなよ。十秒経ったら走る」
「う、うん」
私は心の中で十秒数え始めたけど、少し早めに来夢さんが「3,2,1」とカウントを呟き、「行くぞ」の掛け声で全速力で走った。
うしろをふり向く余裕なんて無かったけど、走って追いかけてくる足音が聞こえた。
たしかにつけられていたんだ!
だけど、次第にそれも聞こえなくなった。
駅に着くころにはゼイゼイとみっともないほど息切れしていたけど、追手は来ていないようだった。
「ホームまで行くから」
ICカードを翳してホームに駆け込むと、ちょうど来た電車に来夢さんも一緒に乗り込んだ。
「えっ? なんで乗るの?」
「誰も来なかったら、次の駅で降りる」
「あ、ありがとう……」