結局、Shiin-Raiの人たちも詳しい私の状況を知っているわけではないようだった。
この二週間で私はなにかをしようとしていたんだ、ということがあの記憶の中でわかった。
たぶん、M氏に関わるヤバいことだ。
じゃないときっと、殺されそうになったり死のうとしたりしない。
ジュリちゃんが言った「普通の幸せを全て失う」という言葉が胸に刺さる。
もしかしたら、私はそういう状況へ行ってしまったのだろうか――――?
そこまで考えると、思考を止まらせるしかない。
これ以上考えても怖くなるだけだ。
「電気つけたら?」
パッと部屋の電気がついて、うす暗かった部屋が明るくなった。
私はShiin-Raiの上にある自分の部屋の中でぼんやりと佇んでいたのだ。
「遮光カーテン引いていると暗いからね。隣のビルが近いから、カーテンは開けない方がいいわ」
煙草の香りを漂わせながら、ママが部屋に入ってきた。
「荷物はどうする? また改めて来るんでしょう?」
「――うん。今日は自分で持って来た服と、この子とスマホだけ持って帰ります」
私はルイを抱き上げた。ルイの服の中に菜々宛ての最期の手紙がある。
それを読めば、私が今抱えている謎のほとんどが解決するはずだ。
どうして私は真樹紅へ来たのか、どうして水商売をしようと思ったのか、どうして死のうとしたのか、どうして誰かに記憶を失くすほどの衝撃で殴られたのか――――。
「そう。出る時は声をかけてね。お店にいるから」
「はい」
ママが去っていくと、私はクローゼットを開けて持って来たマゼンダピンクのスーツケースを出した。
クローゼットの中にも結構な数の服がかけてあるけれど、どれも私の趣味ではない派手目な服だった。ちょっと高いブランドのかわいい物もあるけれど、少なくとも私が自分で選んだとは思えない。
スーツケースを開けると、私の夏服や夏のサンダルがいくつか入っていた。
「それ、私とマリアちゃんがあげたの」
綺麗なソプラノの声が響いて顔を上げると、玄関に靴を履いたままのジュリちゃんが立っていた。
すぐに出て行くから、ママが出た後に鍵を閉めていなかったことに気づいたけど、ジュリちゃんがそこにいても別に不快感は無い。
「その髪もね、私が色を抜いてあげたんだよ。金髪が似合いそうって言ったら、ナナちゃんも金髪にしてみたいって。覚えてない?」
どこか寂しそうな瞳でこちらを見ているジュリちゃんに、私はうなずきながら「ごめんなさい」と言った。