「だけどね、あの子は私に伝えていた日とは違う日に事務所へ行ったの。一人でね」

 やけにクリアに聞こえるママの声で我に返った。
 
 今のは、私の記憶だ――――。

 思い出したという感覚はない。だけど、今の朧げな映像は私の脳が見せた、忘れていた記憶だろうというのはわかった。

 ただ、その前後のこともなにも覚えてはいなく、その時の感情はわかるけれど、ただそれを見せられているという感覚だった。

「チャミは結局、それから帰ってこなかったの。だけど、後日、ジュリちゃんのところには連絡が来たのよね?」

「うん。ずっと連絡しても既読にならなかったのに、急に『会おう』ってメッセが来たから私の部屋で会ったの。しきりに家に来てほしいって誘われて、なんかおかしいから問い詰めたらM氏の家にいるみたいで……」

 ジュリちゃんがなんとなく言いにくそうに、そのとき言葉を濁したように思えて気になった。
 だけど、ママは気にせずにただうなずいている。

「あの、ジュリちゃんは……その家に行ったの?」

「行くわけないわ。ナナちゃんは忘れているかもしれないけど、あそこに行ったら最後、普通の幸せは全て失うような場所なの」

「薬漬けにされるんだ」

 来夢さんが付け加えるように言った。
 その言葉にゾッとしてフリーズした。

「薬……?」

 ふいに、ミナの顔が浮かんだ。
 薬が抜けていないから、と言った彼女に引いてしまった自分がいた。そして、そんな顔をしないでと哀しそうな顔をしたミナ。

「薬漬けにして歯向かえないようにして、自分たちの思うように動く駒にする。役割を与えて、犯罪に加担させる子や、身体で稼がせる子、仲間の男の相手をさせる子。チャミは顔を隠して身体のモデルをさせられているって話だ」

「そう、なの……」

 あのミナは薬のせいで可笑しく見えたかもしれない。詩音さんが言っていたような妄想癖のある変な子というわけではないのかもしれない。

「あの、その松村さん?」

「俺らはM氏って呼んでいる。松村の名前を出すだけでもヤバいことがある」

「――そう。そのM氏の家には、私の知っている子とか、いた?」

 その言葉に、みんなそれぞれ顔を見合っている。

「いや、俺は知らない」
「私も聞いたことないわ」
「知らない」

 みんな口々に知らないと言う。
 それは私が話していないのか、それとも本当にいないのかは分からないけれど。

 でも、さっきの私の記憶が現実なら、そこに友達はいたのだと思った。
 それはミナじゃないのかと。