「アヤメちゃんは女の子のリーダー役になってくれないのよねぇ」
ママが低い声を漏らし、コーヒーをすすった。
「詩音ちゃんがいた頃には、下の子のことを気にかけてくれてみんなが仲良く出来るようにしてくれたんだけどね。歴代通り詩音ちゃんがいなくなってアヤメちゃんが色々と引き継いでくれると思ったのに、あの子だけは違うなんてね」
「客は引き継いだじゃん。ハハッ」
皮肉交じりに笑う来夢さんを軽く睨むと、ママは深いため息を吐いた。
「年長の子が辞める時には、自分についていたお客さんを次の子に引き継ぐからね。でも、それはお店をよろしくって意味なのよ。つまり、それまで詩音ちゃんが面倒見ていた他の女の子のこととか、私のサポートをね。なのに、アヤメちゃんは下の子の面倒をみるどころか可愛がりさえしないで、あの子がキツイ態度を取って二人も辞めたじゃない」
そして、ママは横にいる私の方へ顔を向けた。
「もしかして、ナナちゃんもそのことで悩んでいたのかしら?」
それを私に聞かれたところで覚えていないから曖昧に笑うしかない。
「それは無いと思うけど……」
私の代わりにマリアさんが呟くように言った。
「アヤメさんの当たりが強くなるのは、接客する女の子だけだから。さっきアヤメさん本人も言っていたけど、ナナちゃんには関りが無くて関心も無かったんだと思う」
「そう? チャミだってあの部屋に住んでいて寮では関りが無くても、お店ではいつもキツく当たられていたじゃない。アヤメちゃんが仲良くしていてあげていたら、あの子だってM氏のところなんて行かなかったと思うわ」
「チャミは上昇志向があったからね。それに、芸能界を目指していて詩音さんを崇拝していたから。アヤメさんが詩音さんから引き継いだお客さんを自分の方に向かせようとしていたの。だから、アヤメさんに嫌われていたんだよね」
マリアさんが軽く前髪をかき上げながら、ジュリちゃんに同意を求めるように「ねっ?」と言った。
ピンクレモネードの入った逆三角形のグラスにストローを差しながら、ジュリちゃんは可愛らしく小首をかしげながら「そうですねぇ」と同意した。
「アヤメちゃんを責めても仕方がないけど――――」
そこまで言うと、ママと目が合った。私の顔を見て我に返ってように色気のあるハスキーボイスでケラケラと笑った。
「あのね、ナナちゃん。前にここにいたチャミって女の子がM氏のところへ行ったのが私はショックでね。あちこちオーディションも受けていて、本気で芸能界を目指していた子だから応援もしていたのよ。先輩の詩音ちゃんが本当にモデルデビューできたから、あの子自身も夢ではないと言っていて、私もそう思っていたわ」
そこまで笑顔で話していたけれど、フッと口元を緩めた後に真顔になり、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「あの子、この辺りでスカウトされたって浮かれて帰って来たの。名刺を持ち帰って見せてくれたわ。だけど、それは前に何度もオーデションで落とされているモデル事務所でね。心配だから事務所に行くには同行することにして、チャミも私の同行に合意していたのよ。詩音ちゃんもモデル事務所の人と会う時には私も保護者代わりに同行したからね」
テーブルに置いていたシガレットケースから煙草を取り出すと、向かい側に座っているマリアちゃんがすぐにライターを手に取って火をつけママに差し出した。
「ありがとう」
そう言って微笑んだママの顔が私の眠った記憶と重なっていく――――。