Shin-Raiのソファでジュリちゃんに抱きしめられていても同じだった。
泣くだけ泣いたら、なんだかスッキリした。
彼女の腕の中でわけもわからず泣いていたのは、あの時の記憶が甦ったからかもしれない。
他のことは想い出そうとしてもよく分からないけれど、あの日、泣き止んだ私はジュリちゃんが言った通り「大丈夫」なんだと心が落ち着いた。そのうちきっと、自信を持って「大丈夫」と言えるようになるだろうと思えたのだ。
ジュリちゃんが「落ち着いたね」と笑って私から離れると、隣にいたショートカットの女の子が私のそばに来た。そして、心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「ナナちゃん、大丈夫? ずっとなにか悩んでいたでしょう?」
私が言葉を発する前に、最後の一人がゆっくりと現れた。
「ほら、私の言った通り、すぐに帰ってきたでしょう? ナナちゃん、帰ってくるならそう言っておいてよ」
どこか冷淡な口調でそう言った彼女は、女の子たちの中では最年長の先輩だろうと思った。
だって、ジュリちゃんももう一人の子も、この人にだけは気を使っているのがわかったから。
「アヤメちゃん、ナナちゃんはここにいた時の記憶がないのよ」
「うそ!」
「なんで?」
ママの言葉に反応したのは、呼びかけられた最年長のアヤメさんではなく、ジュリちゃんともう一人のショートカットの人だった。
アヤメさんはピクリと眉を上げて驚いた顔をしているけれど、それほど大きな反応はしない。私とはあまり仲が良かったわけではないのだろうと思えた。
「やっぱり少し前から悩んでいたよね?」
「そんなに大きなショックなことがあったってことなの?」
心配そうな表情の二人が質問するから、ママが私の顔を見た。
私は三人の顔を観察しながら、ゆっくりと口を開いた。
「――――火曜日の夜、家の方にある河原で頭を殴られたんです。たぶん、それが記憶を失くした原因じゃないかと思うけど……」
ジュリちゃんは「ええっ」と声を漏らし、ショートカットの女の子は口を押さえて共にショックと驚きの表情を見せた。
アヤメさんは眉を寄せ、どこかクールに淡々と聞いている。これが、どういう心情なのか私には見えない。
「走り去ったという高校生から二十代前半くらいの年齢の女の子が目撃されているそうです。なにか知っていることがあったら教えてください」
私の言葉に、三人とも戸惑いの表情を見せた。そして、しばらく誰も話さなかった。
ジュリちゃんとショートカットの子は何か考えているような表情を見せ、アヤメさんはあまり興味なさそうに小さく息を吐いた。
「なんでもいいから、ナナちゃんの交友関係とか、訪ねてきた人とか知っていたら教えてあげて」
ママが三人にお願いするように両手を合わせた。
「私は女の子たちから相談されない限り、プライベートは関わらないようにしているから」
「正直言って、私はよく知らない」
少しぶっきらぼうにアヤメさんが言い放った。
「私の部屋は四階だし、ナナちゃんのプライベートは知らないわ。お店でもキッチン業務のナナちゃんとはほぼ接点が無かったのよね。年も少し離れているから、挨拶以上の話はしたことないわ」
「――――そうかもしれないわね」
「ママ、もう行ってもいい? この時間は休んでいたいの」
そう言うと、アヤメさんはさっさと裏に続く扉を開けて出て行ってしまった。
「おっと、一人減ってる。飲み物用意したのにな」
入れ違いでカウンターから出てきた来夢さんが苦笑いしながら、私の向かい側に綺麗なピンク色の飲み物とグリーンの炭酸水のグラスを置いた。
「ふたりとも座ったら? こっちがジュリちゃんのピンクレモネードで、こっちはマリアさんのメロンソーダ」
促されるまま、戸惑った表情のジュリちゃんとマリアさんと呼ばれた女の子が座った。