なんの話をしていたんだろう。
私が堪えきれずに泣き出した。しゃくり上げながら、本格的に泣いていた。
ふわりと優しい感触が私を覆い、ジュリちゃんの肩に視界を遮られた。
「大丈夫よ、大丈夫」
ジュリちゃんが高く響く声でそう言った。
「大丈夫、なんかじゃない……」
「大丈夫よ。だって、ナナちゃんはちゃんと恋をしていたんだもん」
「――――しなきゃ良かったよ。こんな結果になるなら、しなきゃ良かった!」
私はまるで子どもの頃のように声を上げて泣いた。
「じゃ、その人と出会いたくなかった? ナナちゃんの人生にいなければ良かったって思う?」
「――――テッちゃんは大切な人なの。だから、好きなんだよ。でも、フラれたの……」
「フラれたら、もうそれまでの思い出はいらない?」
その言葉を聞いて、心臓が止まった気がした。
私の心も体も思考もピタリと止まり、ジュリちゃんの肩越しに微かに揺れるレースのカーテンが見えた。
強力なエアコンの風がレースのカーテンを揺らしている。
ガラスの向こう側には夏の暑さが街中に降り注がれているのに、こちら側は別世界のようにひんやりとしている。
私の脳裏に幼い頃のテッちゃんの笑顔が浮かんだ。
『じゃ、俺が見てやるよ! 夕璃の作ったもの全部!』
母の死を伝えられたあの日のテッちゃんの言葉はその後の十一年間、ずっと実行されてきた。
幼稚園で作った折り紙、小学校の工作、夏休みの自由研究に写生大会の絵。
初めて作ったハート形のチョコレート、挑戦してみたけど編み目が不ぞろいになったマフラー、テッちゃんのために作った立体型のお誕生日カード。
何を作っても、何を見せても、テッちゃんは「すっげえな」「上手に出来てるじゃん」って誉めてくれて、どんなに下手っぴでも、どんなに失敗していても、絶対にけなしたりバカにしたりしなかった。
「テッちゃんとの想い出が無かったら生きていけない……。だって、テッちゃんがいたから、お母さんがいなくても私は幸せだった」
何も言わなくても、私を見てくれなくても、私はお母さんを好きだった。いつか笑ってほしい、自分を見て欲しいって思うのは、好きで好きで仕方がないのに、それを伝えることさえ許されないような気がしていたから。
お母さんがいなくなって、笑ってくれるはずの、私を見てくれるはずの〝いつか〟は来ないんだと悟り、私ははじめて母親に想われなかったんだと実感したのだ。
そして、もう二度と想われることが無いのだと。