少しすると、来夢さんが戻ってきた。
「ジュリちゃんにアヤメさんとマリアさんを呼んでもらってるから、起きていたら来ると思うよ。お店に行こう」
起きていたら?
もうお昼だけど――――。
そっか。夜働いているなら、昼間は寝ているのかもしれないんだ。
私もそんな生活をしていたのだろうか。
夜は早めに眠くなる朝型人間だから、夜型の生活なんて出来ていたのか信じられないけれど。
ママが部屋に鍵をかけると私に渡した。
「とりあえず、荷物を取りに来るまで持っていてね」
「――はい」
またここへ来るのだろうか。
荷物があるならそうだろうけど。
今は何も考えられない。
お店に戻ると、私はさっきのソファに座り、ママが私の横に座った。
「来夢、飲み物お願い」
ママに差し出されたコーヒーカップと私の前に置かれていたグラスを取ると、来夢さんはキッチンの奥に消えていった。
「そんなに堅くならなくて大丈夫よ。みんなお店の仲間なんだから」
緊張しているのが伝わったのか、ママが優しく私の背中を叩いてリラックスを促す。
苦笑いしながらうなずいたけれど、もしかしたら、私を殴った人がいるかもしれないんだから、気持ちは決して穏やかではない。
階段を下りてくる音が響いて、私はどんな人たちが来るのかと思いながらも、視線は扉の方には向かない。
「ナナちゃん、またこれで良かった?」
カウンターから現れた来夢さんがさっきと同じクリームソーダを差し出した。
「ありがとうございます……」
「ハハッ、他人行儀だな。寂しいじゃん」
少し乱暴に髪をくしゃっと撫でられた。
今まではもっとフレンドリーにしていたのかな?
なんて思っても、急に打ち解けたりできない。
「ママ、ナナちゃん帰ってきたの?」
バタバタとカウンター横のドアから駆け込んできたのは、おぼろ気な記憶の中で見た、ミルクティ色の髪をツインテールにしたジュリちゃんだった。
スッピンでラフなティーシャツとハーフパンツという部屋着姿だけど、色白のかわいらしい彼女は私を見つけると抱きついてきた。
「良かったあ。無事だったのね! 何かあったらどうしようと思っていたの」
ふわりといい香りがした。甘い柑橘系のような香り。知っている香り。
そう、これは詩音さんと同じ香り――――。
ううん、ちがう。その前から知っていた。
サラリと顔に当たった彼女のミルクティ色の髪が懐かしい……。
細身だけど柔らかい感触に、この香りが懐かしい。
ふいに、ジュリちゃんの肩が濡れていき、彼女の動きがピタリと止まった。
私の心の底から泣きたい感情が溢れて、気がついたらジュリちゃんの腕の中で号泣していた。
「大丈夫よ、大丈夫」
さっきより強めに抱きしめて、ジュリちゃんが耳元で優しく声をかける。
何が大丈夫なのか分からないけど、ジュリちゃんはずっと「大丈夫」と声をかけ続ける。
前にもあったような気がする。こんなことが――――。