ある日、お父さんが〝奇跡のテディベア展〟という催しに連れて行ってくれた。
ぬいぐるみが好きだった私は嬉しかった。
まるでテーマパークのように、遊園地で遊んでいるテディベアたちやピクニックをしているテディベアたち、可愛い家で生活しているテディベアたちなど、テーマごとに動きのあるポーズでそれぞれの役割をしているテディベアがガラスの向こうにセッティングされていた。
そんなテディベア展を楽しんだ後に、お土産コーナーでお父さんが言った。
「どれでもひとつ、好きなものを買ってあげるから選びなさい」
この頃から空気を読む子だった私は、お父さんが快く買ってくれそうな小さなテディベアを手に取って見ていた。
だけど、ふと顔をあげると目が合った子がいた。
その子はモノトーンのギンガムチェックのシャツに黒い吊りズボンを履いたお洒落な男の子のテディベアだった。
ガラスケースに入っている特別な子。
これは高価で別格なんだと子どもながらに分かった。
そのガラスケースの前にはフランス語の単語が書かれていたけど読めなかった。
ただ、その漆黒の目に吸い込まれるように惹きつけられ、なにか話しかけられているような錯覚を得て、ガラスケースの前から離れられなくなった。
ふと説明文を見ると、このテディベアはフワフワで安眠を促す効果がある、と描かれている。
だけど、六歳の私にはそれも読めなかった。
「お父さん、これ、なんて書いてあるの?」
「ああ、このテディベアは安眠を促す効果があるそうだ。つまり、この子を抱いているとよく眠れるってことだ」
「ええっ、すごい! 夕璃、この子がいいな!」
思わず私は大きな声でそう言っていた。
お父さんは顔を引きつらせていたけれど、暫くの間、どこか切なそうに私を見ていた。
「夕璃は最近、眠そうな顔をしているね」
「うん。夜は眠れないの」
泣いていることは内緒にしていたけど、お父さんは哀しそうな顔をした。
「じゃあ、この子が必要だね」
「えっ? 本当にいいの⁉」
その時は高いとかお父さんに申し訳ないとかそんな気持ちは吹っ飛んで、嬉しいという気持ちが勝っていた。
「いいよ。眠れないと大変だからね。これは名前かなぁ? 〝ルイ〟って書いてある」
「じゃ、この子は〝ルイ〟ね!」
「いや、名前じゃないかもしれない。このテディベアはイタリア製らしい。イタリア語で〝ルイ〟は〝彼〟って意味なんだ。
「そうなの? でも、ルイって可愛い名前だから、それにする!」
そんな簡単につけられた名前だった。
それから、私は安眠できるようになった。
プラシーボ効果だったかもしれないけれど、それでもフワフワのルイを抱くとその謳い文句のまま安心感を得られたのだ。