それから、ミーナがまた挙動不審に瞬きをしながら辺りを見渡すと、少し前のめりになって私に顔を近づけた。
そして、小さなかすれ声で聞いた。
「で、届けてくれたの?」
「えっ?」
「〝あれ〟、届けてくれたんだよね? 警察に」
警察――――!?
なんの話だろう?
ミーナは相変わらず落ち着かない様子で、小刻みに身体を揺らして私をチラチラと見ながら周囲を気にしている。
やっぱり、なんたか様子がおかしい彼女は半分妄想の中にいるという詩音さんの言葉が正解だと思えた。
「〝あれ〟って、なんのこと?」
私の言葉に、彼女の表情が豹変した。怒りが露わになったのだ。
「どういうこと? 夕璃に言われて〝とった〟んだよ、あたし」
とった?
どこでなにを盗ったんだろうか?
いや、〝盗った〟のほかにも、撮った、捕った、録った。
色んな〝とった〟がある。
「と、とったって――――?」
「あいつら、恐いんだって。マジでヤバいの! 夕璃だって知っているよね⁉ だから逃げたんでしょ⁉」
声は抑えているけど、どんどん彼女がヒートアップしていくのがわかる。
ちょっと怖いくらいだ。
その時、ミーナは「あっ」となにか思い出したような表情をした。
「そっか。夕璃、昨日は頭に包帯巻いていたよね? あれって、あいつらの仕業なの?」
「あいつら――――?」
胸がドキンと高鳴った。私はやっぱり誰かに狙われる可能性があったのだろうか?
「だから……。あたしのこと見張っているあいつらだよ」
焦点の合わない目で、小刻みに震えて怯えた声でミーナがつぶやく。
それって、この子の妄想ではなく……?
「どんな人たち? あいつらってことは、複数だよね?」
「……ここでは言えないよ。決まっているじゃない。なんで、とぼけているの?」
ものすごく怯えているようだけど、視線を泳がせながら、まるでなにか薬を使って幻覚でも見ている状態に見えてしまう。
「恐い目にあったんじゃないの? 夕璃、こんなところにいて大丈夫なの? あいつらに目ぇつけられたなら、ここにいたらヤバいよ!」
「恐い目って――――?」
「あたしはあの日は〝おつかい〟に行っていたから知らないの。でも、夕璃は売り飛ばされたんじゃないかって噂だった」
それは恐い話だけど、いくら都会でヤクザ絡みの店があるとはいえ、この日本でそんな簡単に人身売買が行われているとは思えなかった。
「そ、それって、私が働いていたお店の話なの?」
「なに言ってんの? 大丈夫?」
大丈夫? と言っているミーナの目は相変わらず焦点も合わず、ずっと小刻みに震えている。
彼女こそ大丈夫なんだろうか?
これは本当に恐怖に怯えているのか、それともなにかの禁断症状なのかと疑ってしまう。
「じゃ、お店は関係ないの?」
「だから、ママさんたちは心配していたんだってば。何も知らなかったんだと思う」
だったらなんの話をしているのか、全く見えてこない。
とはいえ、実際に私は誰かに殴られて襲われている。
複数ではなく、若い女の子が一人で逃げたということではあるけど……。
「ミーナは一昨日の夜って、なにしていた……?」
「一昨日? 火曜日だよね? ああ、夕璃がいなくなった日ね。火曜日は〝おつかい〟もなかったから、夕璃に連絡したけど既読にもならないでしょ? だから、部屋まで行ったら夕璃がいなくなったって大騒ぎになっていたの」
つまり、私はあの佐間川に行った日にスナックShin-Raiを去ったということだろうか?