部屋に戻ると、さっきは壁にくっつきそうだった菜々がベッドの真ん中で気持ち良さそうに寝ていた。
「菜々、お義母さんが迎えに来たよ」
肩を揺すると、眠そうな目をこすりながら菜々が目を開けた。
「えっ? なに?」
「だから、お義母さんが下に来ているの」
「まだ暗いよ。何時?」
「二時前だけど。菜々が心配だったみたい。旅行を早めて帰ってきたって」
「ええっ? なんでえ?」
急に目が覚めたように、菜々が起き上がった。
「やだ、ごめんね、夕璃。大変なときに迷惑ばっかりかけて」
慌てて着替えなからも、菜々が私に気を遣う。
「ううん。私も知らないうちに寝ちゃって、菜々に迷惑かけたからお互いさまだよね」
「ふふっ。ありがとう」
菜々が目を細めて笑った。
そして、乱れた髪を姿見鏡を見ながら手ぐしで直しながら、チラりととなりの部屋の壁を見た。
「おじさんにもよろしく伝えておいてね。こんな真夜中に非常識だよね。お義母さんって、こんなことする人じゃないのに」
「菜々が心配で動揺したんじゃない?」
「なんで私が心配なの? お留守番なんて初めてじゃないのに」
「まあね。でも、身近な友達がケガしたから、急に娘が心配になったんじゃない?」
お母さんに心配してもらったことなんてない私には、親心なんてわからない。
でも、お父さんの気持ちを想像してみたら、そういうことなのかもしれないと思ったのだ。
「そういうものかなあ?」
口を尖らせて母親の非常識を不満だと見せながらも、その愛情はしっかり受け取っているように見えた。
そして、私はそんな彼女に嫉妬している自分を感じた。
早く帰ってくれることに安心さえしていた。
玄関に戻ると、電気を消されて菜々の義母の姿はなかった。
「あれ? 菜々のお義母さん、いなくなってる」
私が驚いていると、菜々は「外にいると思う」と言ってドアを開けた。
遠慮をして、ドアの外で待っていたようだ。
「お母さん、ちょっと来る時間を間違えてない?」
「ごめんなさいね。菜々ちゃんに電話をもらってから、居ても立ってもいられなくなって…………」
「もう、過保護なんだから。夕璃の家に迷惑だからね!」
「そ、そうよね。ごめんなさいね、夕璃ちゃん」
すまなそうに謝る菜々のお義母さんに、私は笑顔で「大丈夫です」とだけ言った。
私たちは学校ではよく似ていると言われたけど、もしかしたら、テッちゃんの言う通り、私がただ菜々に寄せていただけなのかもしれない。
菜々がいつも笑顔を振りまいて、素直で優しい素敵な子だから。
私は無意識のうちに、菜々のようになりたかったのかも。
だって、心の中は全然ちがうって知っているから。
私は菜々のように、にこにこ笑顔でなんでも容易く乗り越えられる人でありたかったのかもしれない。