チャイムの音で目が覚めた。
私は自分のベッドの中にいた。
いつの間に眠ってしまったんだろう――――?
起き上がると、シングルベッドの横で菜々が壁にくっつくように寝ていた。
いつもはお客様用の布団を敷くのに、それも出してあげることが出来なかったんだ。
再びチャイムの音が鳴った。
お父さんが帰って来たのだろうか……?
真っ暗な廊下に電気を点けると、となりの寝室からイビキが聞え、そっとドアを開けるとお父さんが眠っているのが見えた。
お父さんは帰ってきている。
じゃ、このチャイムは何…………?
急に背筋に冷たいものが走った。
だって、私が襲われたのは真樹紅ではなく、ここから数駅先の佐間川だ。
もしかしたら、私を殴った人は私の家だって知っているのかもしれない。
そう思うと、恐くなって身体が震えていく。
時計を見ると、午前一時五十分だった。
こんな時間に誰が来ると言うの――――?
私はそっと階段を下りて玄関のドアスコープから外を見た。
困ったような顔をした女の人が立っている。
若い人ではなく、四、五十代くらいの女性だ。
こんな時間にチャイムを鳴らしているのだ、緊急事態かもしれない。
「どなたですか?」
ドア越しに聞くと、ホッとした表情になったその人が「宮城です」と答えた。
菜々のお義母さん?
たしか旅行に行っているはずじゃ…………?
「夕璃ちゃんが怪我をしたと聞いて、そんな時に菜々を預けているなんて申し訳なくて戻ってきたの」
ドアの向こうでおばさんの声が響く。
そんなことで飛んで帰ってきてくれるお義母さんがいるなんて、やっぱり菜々は幸せだなと思った。
きっと、菜々に気を遣わせたくないんだろう。
ドアを開けると、柔らかいイメージの優しそうな女の人が立っていた。
血のつながりはないはずなのに、どこか菜々と雰囲気が似ていた。
それに、私のお母さんとも顔立ちがよく似ていた。
醸し出している雰囲気は全く違うけれど。
私の亡くなったお母さんにはいつも人を寄せ付けないような過敏さがあった。
対照的に、菜々のお義母さんは包み込むようなエネルギーを感じる。
「夕璃……ちゃん。……大丈夫?」
私の頭の怪我を見ながら、菜々のお義母さんは目を潤ませながら私を見た。
菜々の友達とはいえ、初対面の子にこんな同情的な態度になるなんて。
血のつながりはなくても、菜々の母親だと思えた。
「菜々を呼んできますね」
今はこの人を通して菜々の幸せを見るのも辛かった。
そんなことを思うなんて、私は親友として最低だな、と心底思う。
「夕璃ちゃん!」
二階へ上がろうとした時、菜々のお義母さんに呼び止められた。
「はい?」
「――――辛かったよね……?」
目を潤ませながら、遠慮がちに私の手を両手で包みこむように握った。
その手がとても温かくて、なぜか泣きそうになる。
今は涙腺が壊れているのかもしれない。
私は泣かないように笑って首を横にふってみせた。
「辛い時にはいつでも頼ってね」
その目が真剣そのもので、私は戸惑った。
同時に、きっと私はとても可哀想な状態に見えるのだろうと思えた。
なんとも言えない情けなく惨めな感覚に襲われる。
「大丈夫です。私は強いから」
にっこりと微笑んで、そんな強がりを言ってしまう。
貴女の娘の菜々なら耐えられないだろうけど私は大丈夫なんだ、ってマウントでも取りたいのかと自分の態度にウンザリしてしまうけれど。
それでも、菜々のお義母さんに同情されるのは嫌だった。