菜々を羨ましいと思った。
私には実親の記憶があるだけ良いと思っていたけれど。
血の繋がりなんて関係ないんだ。
母親という存在は、結局血のつながりが何かしてくれるわけじゃない。
その人が子どものためにどこまで動けるかってことなんだと実感していた。
晩年の私のお母さんは自分の心しか見えなくなっていただけ。
そして、今の菜々のお母さんは自分に子どもがいないからか、菜々に心を集中する余裕があったんだろうと思えた。
菜々は私が欲しいものをなんでも持っているんだな…………。
そう思った時、急に私の心の奥底から押し寄せてくる大きなドス黒い感情がふくれあがってきた。
それが何かわからないけど、大きな大きな恐ろしいほど邪悪なもののように思えた。
そして、その波に飲まれていくのを感じると、私はボロボロと泣き出していた。
「夕璃⁉ ど、どうしたの?」
となりで生クリームをすくっていた菜々がスプーンをテーブルの上に落として私の肩を抱いた。
なんでもないと言いたかったけど、言葉にならずにただ泣きじゃくってしまう。
こんな感情を私は前にも知っていたような気がした。
この感情は羨ましいとか妬ましいとか、そんな醜いものが育ってむくむくと巨大化してお化けのようになってしまったもの。
こんなこと、今まで無かったのに――――。
だけど、私はきっとテッちゃんに振られたあとの二週間、菜々にどうしようもなく嫉妬していたんだ。
だから見知らぬ真樹紅の街では〝ナナ〟と名乗ったり、菜々にだけ遺書を書いたりしたのかもしれない。
そんな自分が化け物のように感じられた。
妬ましくて憎悪のような感情に負けそうだった。
優しくて可愛い、大好きな親友なのに。
それは確かなのに。
菜々はテッちゃんの心とか母親という存在の愛情とか、私が心から欲しいと望んでいるものを、なんの努力も無く手に入れている。そう思ってしまうことが、自分でもどうしようもない大きすぎる感情を持っているように感じた。
「恐いの? どこか痛いの? 悲しいの?」
菜々が一緒に泣きそうになりながら、必死になって聞いてくる。
そんな彼女の優しさが苦しくて辛くて仕方がない。
菜々が悪いわけじゃない。
菜々が嫌なわけじゃない。
それが分かっているからこそ、この化け物のような感情がどうしようもなく巨大化していくのだ。