『なにかあったの?』
ぼんやりとした空間で、誰かにそう聞かれた。
そう、なんだか視界も思考も全てがぼんやりとしている。
『心配ごと?』
どこか聞き覚えのある優しい声。
だけど、誰だか思い出せない。
そして、それとは別に、そんな質問をされて困っている私もいる。
なにか伝えたいけど、伝えるべきじゃないんだろうと迷っている。
『頼りないかもしれないけど、話してみてよ』
その心配そうな声がやけに切なく思え、涙が出そうになっている。
『ごめんね、ジュリちゃん。今は言えないの』
その状況は全くわからないけれど、それが私の言える最大限のことだったのはわかった。
場面は変わって、酔っぱらった〝ジュリちゃん〟の姿が見えた。
巻かれた長いミルクティ色の髪に、ラメの散らばっている印象的なアイメイクだけど優しい印象を与える瞳。
だけど、その目はかなり眠そうだった。
『これぇ、ナナちゃんに渡してって』
差し出されたペットボトルを私は笑顔で受け取った。
そこで、ガタンと体が揺れて目が覚めた。
電車の中で眠っていたんだと気がついた。
そして、ちょうど到着した駅が乗換駅だったから、慌てて立ち上がって閉まりかけた扉をすり抜けてホームへ降りた。
「良かった」
思わず声が漏れた。だって、乗り過ごしちゃったら終電に間に合わなくなる。
「夕璃!」
ふいに背後から菜々の声がして、ふり向く前に腕をつかまれた。
「どこにいたのよぉ!」
腕を放されたと思ったら、菜々が首筋に抱きついてきた。
すぐ後ろにテッちゃんの姿も見えたから、たぶん同じ電車に乗っていたのかもしれないと思った。
「大げさなんだから、菜々は」
どこかそっけなくそんな言葉が出た。
それはたぶん、テッちゃんと一緒にいたんだというヤキモチ。
だって、まだ会いたくなかったのが本音だから……。
「お父さんを悲しませないって言ったよ、私」
「そうだけど、私たちを振り切って電車に乗って行っちゃうんだもん」
だって、ふたりを見るのが辛かったの。
そんなことは菜々には言えないけれど。
「うん、一人で行きたかったんだ」
それは正解だったかもしれない。
だって、水商売をしていたなんて、きっとみんな驚くから。
それに誰かと一緒だったら、ミーナも詩音さんも声なんてかけてこなかったかも。