注文したものを食べたあと、しばらく詩音さんのモデル話を聞いていた。
「友達と原宿を歩いていたら、声をかけられたのよね。背が高いから目立ったのかしらねぇ」
たしかに詩音さんは歩いているだけで目立ちそう!
「最初は読モだと思ったんだけどね。なんか、普通にファッション誌に載るところから始まってねぇ。事務所に入ったから、ポージングのレッスンを受けられたから助かったの。初めての時にはどうしていいか分からないもの」
まさに世界が違うという感じで、私の過ごしてきた環境にはない話ばかりだった。
身近にモデルの知り合いなんていないから。
気づくと終電まで一時間くらいの時間になり、さすがに気になった。
「あっ、もうこんな時間ね」
詩音さんも気づいたように、ブレスレットのような細い金色の腕時計を見た。
「良かったわ、ナナちゃん。顔色も良くなって。遅いから送っていくわね」
その言葉を聞いて、私はさっきの雑居ビルで別れた女の子を思い出した。
明日の朝十時に待ち合わせをしているということは、私が勤めていたという同じお店の子ではないのだろう。
お店の上にある寮にはいないということだろうから。
「あの、詩音さんは知らない? えっと、茶髪にピンクのメッシュの入った髪の女の子。ちょっと名前をド忘れしちゃったんだけど」
名前さえしらないから、彼女のことをどう説明して良いかわからない。
「ピンクのメッシュ?」
「う、うん。髪の長さはボブなんだけど」
「ピンクのメッシュ頭の子は何人か知ってるけど……」
「あっ、首の横のところに傷痕があったかも」
それには、詩音さんが眉を寄せて反応した。
「ミーナね。ナナちゃん、知り合いだったの?」
「えっと、最近知り合って。どんな子なのかなって」
それを聞いた詩音さんの表情が明らかに曇ったのがわかった。
「……あの子は、付き合わない方がいいよ」
「そう……なの? どうして?」
あのミーナって子の様子では、私と仲が良かったのではないかとは思うけれど。
「あの子は半分妄想の中で生きているの。ちょっと危険かもね」
妄想――――?
たしかに目つきは少し虚ろではあったけど……。
にっこりと微笑むと、詩音さんは「帰ろう」と言って立ち上がった。
「今日はナナちゃんはお休みだったの?」
「うん、夏休みだから」
「ふふっ。学校じゃなくて、お店の話よ」
「えっ?」
そうか、普通だったら働いている時間なのかな。
それって、やっぱり水商売……?
「お店ってなんの……?」
「なんの? Shin-Raiで働いているのよね?」
Shin-Rai⁉
それって、つまり〝信頼〟?
まるで連想ゲームのように〝信頼の上にある彼〟という言葉がすぐに頭に浮かんだ。
「その角を曲がると、もうお店だよ」
ファミレスからひとつの角を曲がると、大通りから一本裏道になるだけで、かなり静かな印象になる。
そこにポツポツと見える明かりの中に、細い四階建ての建物の一階に「スナックShin-Rai」とネオンのロゴが光っている。
「スナック……」
恐らく水商売の夜のお店ではあるけど、思ったよりこじんまりしたところだった。
「じゃ、私はここで。ママによろしくね」
角を曲がったところで詩音さんが手を振った。
「ありがとうございました」
私が軽く頭を下げると、詩音さんは「またね」と笑って去っていった。