「こんなところでごめんね。こんな時間までやっているところ、居酒屋とかしかなくて。未成年は入れないからね」

 詩音さんが連れてきてくれたのは、さっきの雑居ビルのとなりのビルに入っていたファミレスだった。

「こういう場所の方が落ち着くから大丈夫」

「ふふっ、そうなんだ。まだ真樹紅には慣れない?」

 詩音さんがどこか鋭い視線を投げてきた。

 優しそうな人だけど、ころころ表情が変わって信用して良いのか迷ってしまう。

「慣れるには時間がかかるよね、きっと。この髪の色にもなかなか馴れなくて」

「そうなのぉ? 似合ってるよ」

 ドリンクバーから取ってきたコーラにストローをさしながら、詩音さんは目を細めて私を見た。

「さっきから気になっていたんだけど。頭の包帯はどうしたの? ケガ?」

「うん、ケガっていうか……」

 殴られたらしい、ということを言葉にして良いのか少しだけ考えた。

 だけど、少なくともこの人は私とそれほど関わりがない人のように思える。

 ただ、私の記憶にあるらしい「ジュリちゃん」のところへ遊びに行く仲なら、全く関係ない人とも言えないのかもしれない。

 私はホットの紅茶に砂糖を入れながら、この優しそうな人に何を話して良いのか考えていた。

「あのお店で、なにか危険なことあった?」

 詩音さんが心配そうな瞳で私の顔を覗き込む。

「…………ていうか、そんな危険なことがあるかもしれないお店なの?」

「うーん、私がいた頃には客層も良かったから無かったけどね。でも、真樹紅の繁華街なんて怖い人もいるよね。いくら後ろ楯があってもねえ」

「後ろ楯?」

「聞いてない? ママの旦那さん――って言っても結婚はしてないけど。彼は反社関係というか。平たく言えばヤクザよね」

「ええっ、そ、そうなの?」

 つまり、私は〝ヤクザの女〟のお店にいたの⁉

「そりゃ、そうよ。真樹紅で女がお店を出すなんて、そういう後ろ楯がないと無理でしょ。彼の島でしかお店なんて出せないわよ」

 想像もつかない世界だけど、私には無関係だと言えないのが怖い。

 もしかして、ヤクザの紛争に巻き込まれたとか――――?

 いやいや、それなら人気のない河原で襲われるなんてあるのだろうか。

 しかも、若い女の子が逃げたという姿を、助けてくれたおばさん二人が見ていた。ヤクザのいざこざというより、個人的な何かじゃないかと思えた。

「ナナちゃんは、いつからあのお店にいたの? 一ヶ月まえにはいなかったよね?」

 急に質問されて内心うろたえたけど、これは答えられると思った。

「二週間くらい前から……かな。詩音さんは、長く働いていたの?」

「長いのかなあ? 二年くらい。でも、スカウトされて辞めたの」

「えっ? 芸能人なの?」

「モデルだけどね」

 にっこりと微笑む詩音さんは、たしかにモデル並みにキレイだと思ったけど、本当にモデルさんだったなんて!

 それから少しのあいだ、詩音さんのモデルの話を聞いていた。

 スカウトされてモデルデビューなんて、都心ならではの経験だろうと思えて興味深かった。