その人はスラりと背の高いスレンダーな美人だった。
 エナメルの高いヒールが背の高さを助長して、その美脚を際立たせている。

 彼女に支えられて立ち上がりながら、間近で見ても真っ白な陶器肌に見とれてしまう。

「飲みすぎたわけじゃないよね? 具合が悪いの?」

「あっ、もう大丈夫みたい……」

 たぶん極度の不安からの緊張とか、そんな感じだったのかもしれない。
 この優しそうな人が声をかけてくれたから、おかしな動悸も目眩も恐怖心も消えて楽になった。

 容姿も素敵だけど、黒目の大きな目はカラコンではなく自然な優しい視線を感じ、見た目はシャープな印象を与えるのに、どこか温かみを感じる人だ。

 服装も淡いピンクの花柄ワンピースという清楚な装いで、都会の街に合っている華やかさはあるのに派手さはなかった。

「そう? だけどまだ顔色が良くないから、送っていくわね」

「えっ?」

 どこに――――?

 この人は私が住んでいた場所を知っている。

 そうだ、さっき『あのお店』と言っていた。お店の上の寮に住んでいると。
 つまり、私はどこかのお店で働いていたということだよね?

 私が動けずにいると、彼女は優しく微笑んだ。

「あっ、名乗ってもいなかったわね。私は、詩音(しおん)っていうの」

「詩音、さん?」

「うん。ねえ、ナナちゃんはお腹すいてない? 私、食べ損ねているのよ。ご馳走するから付き合ってくれない?」

 やっぱり〝ナナちゃん〟と呼ばれると引っかかる。
 私の記憶の中の〝ジュリちゃん〟も私をそう呼んでいた。

 つまり、私は真樹紅では〝ナナ〟と名乗っていたのだろう。

「開いているお店って限られているけど、お腹空いている?」

 詩音さんが返事を促すようにもう一度聞いた。

 言われてみると、お昼から何も食べていなかったから空腹だと気づく。
 刺激的なことがありすぎて、そんなことを気にしている余裕もなかったけれど。

「お腹空いているみたい……。ご馳走になります」

 軽く頭を下げると、詩音さんは私の頭に手を乗せて「かわいい」と笑った。

「ママが可愛いがるのもわかるなあ」

 その言い方に、少しだけ棘を感じた。
 嫌みとか、そこまでの強い感覚はないけれど。

 だけど、私はそれよりも〝ママ〟という言葉に引っ掛かる。
 きっと私がいたというお店には〝ママ〟がいたのだろう、と予想できたから。

 つまり、水商売をしていたの――――?

 郊外の新興住宅地に住む私には、水商売でバイトするなんて感覚は皆無だった。

 水商売なんてテレビの中の世界という感覚が大きくて、あのきらびやかな世界に憧れを持っているわけでもない。

 この金髪や昨日の服装やメイクは、水商売をしていたというなら納得もできるけれど。

 そんなことが、自分とはとても結びつかなくて、思考がストップしてしまう。