「夕璃?」

 ふいに少し甲高い声がしてふり向くと、後方に少し小柄で華奢な目の大きい女の子が立っていた。

「このクラブは未成年は入れないの、知っているよね?」

 この人は私を知っているようだ。
 そう思いながら、彼女に見覚えがあるか観察してしまう。

 まず目がいくのは吸い込まれそうな大きな瞳。これは、淡い茶色のカラコンが入っているのだとわかる。
 それにレッドブラウンの髪にピンク色のメッシュが入ったボブヘア。
  
 身体のラインに沿った黒い膝上ワンピースにナチュラルメイクという派手さは無い格好だけど、首筋に傷痕が見えて胸が高鳴り緊張が走った。
 その大きな目は微妙に焦点が合っていないように見え、どこか危うく怪しい印象を与える。

 だけど、私の記憶は彼女を知っているのかどうか教えてくれない。

「まだこの辺りにいたのね」

 意味深なことを言われ、私の名前も知っているこの人は恐らく知っているのは確実だろう。

 だけど、私が近づこうとすると彼女は片手をあげて制した。

「ごめん、今日は話せない。これからおつかいなの」

「おつかい……?」

 彼女がその先にある扉を指差した。
 この有名なDJがいるというクラブに用事だと言いたいのはわかった。

「真っ直ぐ帰らなきゃいけないから。明日の十時にいつものところに来て」

 そう言って去ろうとした彼女を追いかけ、チケット売り場の前まで戻った。

「待って。いつものところって? 十時って、夜?」

 目の前に立つと、はじめてしっかりと視線が合った。
 彼女は少し驚いた表情をした。

「東口のラファエルってカフェ。午前十時ね」

 淡々とした口調でそう言うと、開いた扉の中へ消えた。

 遊びに行くわけではなく〝おつかい〟という言葉にひっかかりながら、私はスマホに明日の待ち合わせのメモを残した。


 だけど、あの子は誰だったんだろう――――?
 このクラブに入れるなら未成年ではないということだろうけど、そこまで年が離れているようにも見えなかった。
 
 彼女が私を知っていて、〝いつものところ〟という待ち合わせ場所があるのだから親しいはず……。
 だけど、やっぱり見覚えなんて無かった。
 
 首筋の傷とあの焦点のズレた目が気になる。

 そして、イヤでも私を殴って逃げた若い女の子という存在を思い出してしまう。

 彼女ではないのだろうか……?

 明日、私はのこのことあの子に会いに行ってもいいの?