それから暫く、お父さんも祖父母宅へは来なかった。
 音信不通というわけではなく、毎日欠かさず電話はくれた。

 おじいちゃんもおばあちゃんも携帯のビデオ通話の操作が分からず、顔を見て話すことはできなかったけれど。

 それに、お母さんに電話を替わってくれることは無かった。

「お父さん、お母さんは?」

「ん? なにかな? 電波が悪いみたいだ。また明日電話するな」

「……お母さん、心の風邪は治ったの?」

「ちゃんと歯みがきして寝るんだぞ」

 お母さんのことを言うと、すぐに電話を切られてしまう。

 お母さんが私を嫌がって電話に出てくれないのだろうか?
 そんな不安が溢れてくる。

 それとも、お母さんの心の風邪がひどいのかな……?

「夕璃は色を塗るのが上手ね」

 色鉛筆を使ってお絵描きをしていると、お祖母ちゃんがよく誉めてくれた。

「こういう淡いキレイな色、パステルカラーって言うのよね。やさしい夕璃の心を表したような絵になっているねぇ」

 おばあちゃんはいつもニコニコと嬉しそうに私の描いた絵を見る。

 私は会えない間、毎日お母さんの絵を描いた。
 ウサギのクッキーは渡せなかったけど、上手に描けた絵を見たら喜んでくれるかもしれない。

 
 どうして家に帰れないのか誰も教えてくれないまま、一週間が経っていた。

 その夜、おばあちゃんが泣きながら「夕璃が可哀想だねぇ」とおじいさんに話しているのが聞こえた。

「なあに? おばあちゃん。なにが可哀想なの?」

 私が襖を開けておじいちゃんとおばあちゃんが話していた和室に入ると、ふたりとも驚いた顔をしてふり向いた。

「ああ、いや――――」

 とっさにおじいちゃんが誤魔化そうとしたのがわかった。
 子どもだったけれど、私はそこには敏感に反応した。

「お願い、教えて。どうして可哀想なの⁉」

 すると、おばあちゃんがギュッと抱きしめてきた。

「――――お母さんは死んだんだよ」

「えっ?」

 死んだ――――?

 心が風邪を引いただけじゃなくて――――?

「明日の朝、お父さんが迎えに来るから。そしたら、家に帰れるよ」

 おばあちゃんに抱きしめられながら、私の頭も心も空っぽになっていて、なにも考えることができなかった。

 ただ、頭に浮かんだのがテレビで観たことがあるお葬式の場面だった。
 棺に入れられた亡くなった人が白い花でいっぱいになったら、ふたを閉められて焼かれてしまう。

 そんなことを考えると、私は恐怖でいっぱいになった。
 お母さんが箱に入れられて焼かれてしまう……。

「お葬式……あるの?」

 少しの間、答えが返ってこなかった。
 私は胸がドキドキしていた。

「……もう終わっているの。遺骨は九州の実家へ持ち帰られたそうよ」

 九州のおじいちゃんとおばあちゃんも来ていたのだろうか……?
 会いたかったという想いと、お葬式に出なくて良いということにホッとした気持ちが出て、なんだか複雑な心を対処できないと感じていた。

 だけど、どう表現したら良いのかも分からず、私は「そうなの」とだけ言った。