そして、ぼんやりしたお母さんの背中に「行ってきます!」と声をかけて、近所に住むテッちゃんの家に向かった。
「夕璃! オレ、車の形のクッキーつくる!」
「テッちゃん、車好きだもんね。あたしはウサギちゃんにする!」
まるで粘土で遊ぶように、クッキー生地を平たい形に作りあげていくのが楽しかった。
はじめは上手にできなかった型抜きも、コツをつかむと楽しくて。
それをオーブンで焼くのもとってもわくわくして、焼けるまでずっと電子レンジにかじりつくように見ていた。
初めて食べた焼きたてのクッキーの美味しさは今でも鮮明に覚えている。
その日、テッちゃんの家でクッキーを焼いた思い出は、この十七年の人生のなかでも上位にあがるくらいの幸せな思い出かもしれない。
「あのね、おばちゃん。このウサギちゃん、とっても上手に作れたの」
私が見せると、テッちゃんのお母さんは目尻を下げて微笑んだ。
「本当に上手にできたわね。かわいい」
「うん! お母さんにあげたいの。おばちゃん、これ持って帰れる?」
「もちろん。いっぱい持って帰ってね。今、包んであげるから」
テッちゃんのお母さんがクッキーを包んでくれているのを見ている時は、ただお母さんが喜んでくれることを期待してわくわくが止まらなかった。
ほんの少しでもいい。
お母さんが笑ってくれるかもしれない。
そして、自分で作ったクッキーをお土産に持ち帰った後は、この人生の中で最悪な思い出に繋がっていくのだった…………。
家のチャイムを押してもお母さんが出てこない。
ゲートを開けてドアを叩いてみても、中には誰もいないのか物音もしない。
「お買い物に行っちゃったのかなあ?」
だけど、私がいない時に出掛けてしまうことなんてなかった。
ドアにはカギがかかっているから、中に入ることもできない。
仕方がなく、テッちゃんの家に戻ろうとゲートを出ると、となりの家のおばさんが驚いたように駆け寄ってきた。
「夕璃ちゃん! どこに行っていたの? お母さんがとっても心配していたのよ!」
「えっ? テッちゃんの家に行っていたの。お母さんもいいって言ったもん」
「ええっ? そうなの? 夕璃ちゃんがいなくなったって真っ青な顔しておばさんの家に飛び込んできたのよ」
そのとき、私はお母さんがぼんやりとしていたことを思い出した。
私の話をきちんと聞いていなかったのかもしれない、と思ったけれど、今さらわかっても遅すぎた。
「お母さん、どこに行っちゃったの?」
「夕璃ちゃんを探しに行っているけど、きっとすぐに戻るわね。おばさんの家で一緒に待ちましょう」
少しの不安はあったけど、私もお母さんはすぐに帰ってくると思っていた。