都内まで通勤しているお父さんの帰宅は遅い。
早くても二十三時を回ることが多い。
近所にいる振りをすれば、終電前までは時間の猶予はあると思えた。
ここから真樹紅まで片道一時間半はかかる。
もう六時半を回っているから、真樹紅滞在は長くても三、四時間。
その間になにか思い出せないだろうか。
そんな気持ちのなか、小さなバッグひとつで真樹紅まで出ようと決めた。
「そうだ、携帯――――」
たくさんのメッセを見たくなくて放置していたスマホをベッドの棚から手に取ると、そのままバッグへ押し込んだ。
私の方が早く帰る可能性もあるから、お父さんへの連絡は帰るときにしようと思った。
玄関の姿見鏡に映る自分はまだ見慣れなくて、チラッとでも目に入ると驚く。
怪我をして包帯とネットを被っているうえに、セミロングのド金髪なんだから。
お化粧をしていない方がおかしいくらいだ、と思って少し濃い色のグロスだけ塗ってみた。
それがまた、今までの私とは別人に見える。
変身願望なんてなかったと思うけれど、これが通常の時であれば、ちがう人になったみたいで面白いという感覚はわからなくもない。
でも、こんな記憶のない異常事態では、どうしてこんな格好をしているのか心当たりが無くて怖いとさえ思ってしまう。
まるで、この二週間は自分の中にちがう人格でも入っていたんじゃないかと疑いたくなる。
そんなバカなことはあるはずもない、と思いながら、私はため息をついて外へ出た。
「マジで出てきたな」
家の前の小さなゲートを開けると、私の家の塀に寄りかかったテッちゃんがいた。
思わず胸が高鳴ったけれど、彼のすぐうしろに菜々と早川君がいることもわかった。
菜々と一緒にいたんだ、と思うと心の中にドス黒いものがドロドロと湧き出てくるのを感じる。
「――――なに? どうしたの?」
思ったより低い声が私の口からこぼれ出た。
「宮城が心配して連絡してきたんだ。夕璃がひとりで真樹紅へ行くんじゃないかってさ」
テッちゃんが怒ったような目で私を見ている。
それは小さい頃からいつも私を心配するときのテッちゃんの目で、記憶を失くした私を心配してくれているのはわかる。
だけど、菜々と一緒に現れたテッちゃんに、今の私には前までのように幼なじみを演じることができない。
振ったあとも幼なじみの兄貴面をするんだ、と嫌味を言いそうになってしまう。
だけど、わかっているの。
テッちゃんの脳裏には、きっと小さい頃の私がずっと棲みついているんだろうって。
愛されないままお母さんを失ってしまった、可哀想な六歳の私が――――。