「俺は別に暇だしな。明日の文化祭、楽しく参加したいからさ」

 その言葉に、帰ろうとしていたみんなバツ悪そうな顔をして立ち止まった。
 それを見て、テッちゃんは今度はみんなに笑顔を向けた。

「宮城の言う通り、それぞれ事情があると思うからさ。用事があるやつは遠慮しないでいいよ。けど、何もないならさ、みんなで楽しい思い出作ろうぜ!」

 教室の中が静まり返って、時間が止まったように誰も動かない。

「先月の体育祭でさ、このクラス二位になったろ? 文化祭は一位獲るって約束したじゃん。俺は諦めてないんだけどな。このおばけ屋敷のクオリティだぜ!」

 その言葉が一気にクラスの雰囲気を変えて、みんなの士気を高めた。

「…………だよな」

 ひとりの男子がカバンをロッカーへ戻すと、他の子も続いた。

「おばけ屋敷やりたいって、あたしが言い出したんだった」
「この迷路のアイディア出したの俺だったよなあ」
「そうだ! ドライアイス使いたいって思っていたの!」
「おっ、いいじゃん。棺桶の中に入れるとか?」

 さっきまで疲れて無言になって作業していたのに、急に教室の中が活気づいていった。

「帰った子達に連絡してみるね!」
「誰か、アリサにも気にするなってフォローいれとけよ!」

 そんな声も飛び交って、クラスがまとまっていくのを感じた。

 そんな中でテッちゃんは満面の笑みを菜々に見せて、「良かったな」と肩を叩いた。

「ありがとう、栗林君……」

 そう言った菜々は涙目で彼を見つめていて――――。
 なんとなく、二人の間には私の知らない絆があるように思えた。

 ――テッちゃんはクラスのためじゃなく、菜々のために行動したんだ。

 そう思うと、胸の奥がギュッと縮むような感覚の痛みがあった。

 この時まで、私はテッちゃんに対する恋心なんて認めていなかった。
 だから、すぐにはこの胸の痛みの意味を理解できなかった。

「アリサちゃんね、お父さんが病気になって入院したんだって……。だから、色々と大変みたいでね。高校は卒業したいから、奨学金を申請してバイトも掛け持ちでやるって言っていたの」

 みんなに聞こえないように、菜々がテッちゃんと私だけに言った。

 そんな事情を知っていたから、菜々はみんなに批判されたアリサを庇ったのだ。

 それを知ると、私は菜々の優しさが嬉しくて誇らしかった。
 だけど同時に、私以上に菜々の言動に感動しているテッちゃんを見て、心の底から真っ黒なモヤモヤが溢れだしていくのを感じた。

 それは嫉妬だ、というのはすぐにわかった。

 だけどそれは小姑根性というか、ブラコンの妹が彼女に嫉妬するとか、そんな感覚なんだ! と、恋というものを拒否して否定した。