「ねえ、早川君。そのとき、夕璃は誰かと一緒にいた?」

 菜々が小首をかしげながら早川君を見た。
 こういう何気ない仕草がかわいいと思ってしまう。

 テッちゃんが魅かれるのも仕方がない……。

 そんなことを考えてしまうと、この不安定な気持ちが余計に下降してしまう。

 やっぱり、こんな気持ちをどうにかしたくて家を出たのかもしれない。

 なのに、死にたくなって帰ってくるなんて――――。

「いや、ひとりだったよ」

 早川君の声で我に返った。

 そうだった。あの日は家に誰かが来た形跡があったんだ。

 そして、私はどこかへ――――早川君の言葉通りなら、真樹紅へ行った。

 短期バイトに誘われたのだろうか……?

「誰かに会いに行くとか、待ち合わせをしているとか、そんな話はしていなかった?」

「いや。すれ違った時に少し話しただけだからさ。マジで覚えてねえの?」

 驚いたような、心配するような目で私を見て、早川君は思い出したように「そういえば」とつぶやいた。

「スミレが心配してたな。メッセが既読にならないって」

「うん。スマホは家に置いてあったから」

 それを思い出すと、やっぱり誰とも関わらずにひとりになりたかったんだということはわかる。

 テッちゃんにフラれた当日だから、それが原因で、来訪者は関係ないのかな……?

「俺さ、スミレにも言ってたんだ。井上と会ったこと。短期バイトに行くってのが気になったみたいでさ。あいつにも連絡してやってよ。じゃ、またな!」

 早川君は腕時計をチラッと見ると、私たちに片手をあげて小走りで去っていった。

 横断歩道を渡っていく彼のうしろ姿を見ながら、テッちゃんと何を話すのか気になった。

 テッちゃんは何も言っていなかったから、私が真樹紅に行くことを知らなかったんだ。

 終業式の日に私と会った早川君は、そのあとにテッちゃんと会ったと言っていた。

 私をフッた話を聞いたなら、きっと傷心で短期バイトを決めたと思って、わざわざそれをテッちゃんに話さなかったんだろう。

 今日も余計なことを話さないでくれたらいいな。

 そう思いながらも、早川君に口止めをしていなかった。
 どこかでテッちゃんに心配してもらいたいと思っている、あさましい私がいるのかもしれない。

「大丈夫?」

 私の視界に心配そうな菜々の顔が飛び込んできた。

 私の大好きな親友であり、テッちゃんが想いを寄せている菜々。

 その二つの関係が辛かったのを思い出す。
 告白してどうにかなるものではなかったと、ものすごく後悔したことも――――。

 吹っ切れるはずだったのに、逆だったから。

「私はどうして菜々に手紙を書いたんだろう……」

 心の中で思っただけのはずが、声となってこぼれ落ちていた。

「えっ?」

 菜々が目を丸くしている。
 たぶん、親友だからに決まっているのだ。