「あっ、宮城?」
横断歩道を渡ったところで、菜々を呼ぶ聞き慣れた声がした。
駅から続く道を歩いてきたのは、スミレの彼氏の早川君だ。
長めの茶髪でダボついたTシャツに迷彩柄のハーフパンツ姿の彼は、外見やしゃべり方は少しチャラく見えるけど、スミレ一筋の硬派な男子。
それに、タレ目気味の早川君はニヤついた印象を与えて、本人は狙っているのかいないのか、根は真面目で硬派なのに正反対に見られがちだった。
「っと、井上⁉ すげえ、イメチェンじゃね⁉」
私と目が合った早川君はそのタレ気味の目を見開いて驚いている。
そうだった、今のわたしはこんな郊外の住宅地には絶対にいないような派手な金髪だったんだ。
私こそ、内側とは正反対の見た目になっている。
「う、うん。ちょっとね。早川君はテッちゃんの家に行くの?」
「おう。――そうだ、この前も会ったよな? そっか、塔郷でイメチェンして帰って来たってことか?」
「えっ?」
「塔郷⁉」
私と菜々の声が重なり、思わず顔を見合わせた。
「な、なに? 私、早川君に塔郷に行くって言ったの?」
「へっ? 行かなかったのか? スーツケース引いて、眠れるお守りってぬいぐるみまで持っていたのに」
早川君の言葉に絶句した。
それはたしかにどこかへ行こうと思っている自分だろうと思えたのだ。
テディベアのルイは亡くなったお母さんの代わりのような存在だったから、いつも一緒に寝ていてルイがいないと眠れないくらいだった。
「……じゃ、私は塔郷に行く前に早川君と会った……?」
「覚えてないのかよ。ハハッ。なんか、短期バイトの面接に行くとか言っていたじゃん。リゾートバイトかって聞いたら都内だって。真樹紅って言ってなかったか?」
私は再び菜々と顔を見合わせた。
そして、菜々が私も聞きたかったことを聞いた。
「それ、いつのこと?」
「いつだった? 少し前だけど……」
「終業式の日?」
「なんだよ、覚えてるんじゃん。そうそう! あの日もテツに呼び出されてさ。行ったら、めっちゃ落ち込んでいたヤツが――――っと」
ハッとしたように早川君が口を閉じた。
そっか。私がフラれたあの日、テッちゃんは気持ちが落ちて早川君に話していたんだ。
落ち込ませて申し訳ないって気持ちと、私を振った話を友達にしているんだなって気持ちが出てきて複雑だった。
「私がフラれた日だから……。でも、早川君と会ったのは覚えていないの」
「へっ?」
「なんか、記憶がなくて……」
殴られたとか、自殺未遂とか、そんな話はテッちゃんにも早川君にもする気はない。
だけど、早川君はきっとここを出る前に、最後に私と会った人だ。
たぶん黙ってここを出た私は、テッちゃんと会うことを知っている早川君に自分の行き先を言ったのかもしれない。
部活の大会も控えているから、短期で帰ってくることを伝えたかったのかも――――。
お父さんにも誰にも何も言わず、ひとりでどこかへ行きたい気持ちになったのかもしれないけど。
それでも戻ってくる気はあって、それを私なりに伝えたつもりだっのかもしれない。