殴られたショックで一時的に記憶喪失状態になったのだろうと医師に言われた。

 何も覚えていなくて混乱していたから、警察の人は私と顔を合わせずに帰ったらしい。

 病院に運ばれて検査をされたようだけれど、傷口は深くてホチキスのようなもので止められ、頭蓋骨に傷は入ったものの、脳波に異常はないということだった。だけど、記憶がいつ戻るかは分からないということで、明日戻るかもしれないし、一生戻らないかもしれないという繊細な状況らしい。

 入院を勧められたけれど、異常がないなら帰りたいと押し切ってお父さんの車に乗り込んだ。

 そして、ワンピースに合わせたような、やっぱり見たことがないサンダルに違和感を覚える。いつもはぺったんこの靴しか履かないのに、ややヒールのあるつま先に大きな花がついたピンク色の幅の細いサンダルだった。それに、エナメルのポシェット型の小さなバッグも見たことがない。

 バッグの中には携帯さえ入っていなくて、バッグとお揃いのエナメルのお財布と見覚えのあるハンカチが入っているくらいだった。

「あれ……?」

 だけど、ハンカチの間から封筒が現れた。そこには住所もなければ切手も貼っていないけれど、『宮城菜々様』と宛名が書かれている。

 それに、なぜか宛名の下には菜々の携帯番号が書かれていた。

 それは確かに私の字だったから、私が菜々宛に書いたものだとは思う。なのに、どうして菜々の携帯番号を書いているの……?

 私はお父さんの運転する車の後部座席で、のり付けしてあるその手紙を開封した。

『宮城菜々様 こんなかたちで手紙を残してごめんなさい。まず、はじめにハッキリと伝えたいのは、これは自ら望んで決行した死です。誰のせいでもなければ、誰の手も借りていません。最後の手紙を菜々に遺しています。だけど、ここには残せません。信頼のうえにある大好きな彼に託しています。お願い、菜々。彼を探し出して、私の本心を綴った手紙を読んでね。 井上夕璃』

 えっ……、なに、これ。

 私の背中に冷たい衝撃が走った。

 これって……遺書、だよね?

 私はあの佐間川で自殺をしようとしていたの?
 混乱してしまうけど、そう思えば菜々への手紙の封筒に携帯番号を書いてある理由は分かる。警察から連絡がいくように、ということだろう。

 だけど、この内容がよく分からない。菜々宛の手紙……というか遺書だよね、きっと。それを、これの他にも書いているってこと? で、この大好きな彼って……もしかしてテッちゃんのことなの……?

 確かに私の字ではあるけれど、記憶がないから何が何だか意味が分からない。

 もう一つの手紙で、私は菜々に何を伝えようとしているの? 

 大体、テッちゃんに振られてから二週間後、私はどうして死のうなんて気持ちになっていたのだろう……? そもそも、自殺願望なんて私にはない。たとえフラれてどん底の気持ちになっていたとしても、だからって死を選ぶなんて考えられない。

 髪を染めて派手な服装をした私は二週間も家を飛び出して、一体どこで何をしていたっていうの……?