家に帰ると、私あての手紙が郵便受けに入っていた。

 どこにでもある白い封筒に、見覚えのない大きな右上がりの文字。
 封筒の裏には差出人の名前は無かった。

 不審に思いながらテレビ台の引き出しからハサミを出して、制服のままソファに座って封を切った。

 中から現れた白い便せんから、微かにメンソール煙草の香りを感じた。

 来夢さんからの手紙だった。


 あれから何度か来夢さんに電話やショートメールを試みたけど、彼と連絡がつくことは無かった。

 それでも、気になることはいくつも質問しながらメールを送り、返信を待っていた。
 住所もメールに書いていたと思う。

 まさか手紙がくるとは思わなかったけど。


『ナナちゃん

 連絡ありがとう。なかなか連絡出来なくてごめん。

 キミがいなくなった後、あのくまのぬいぐるみから手紙を抜き取ったのは俺だ。

 ナナちゃんが本気で死ぬ気なら、手紙の後半のくだりは友達に知らせることじゃないと思った。

 手紙の後半部分には、ナナちゃんがドラッグ漬けにされたミーナと出会って、親父の組織を壊滅しようとした流れが書かれていた。

 動画撮影中に親父にキレられて恐い想いをしたことや、兄貴に逃がしてもらったこと、そこに住んでいた女の子たちに警察に行くなと言われて、自分がやっていることが偽善じゃないかと悩みながら、彼女たちには自分の命と引き換えに許してもらおうとした。

 そんなことが詳細に書かれていた。

 だけどそれはキミが本当に友達に伝えたいことではなく、ミーナや親父の家にいた女の子たちのためにSDカードを警察に届けてもらう説明なんだろうと思えたんだ。

 だからその手紙は捨てて、SDカードは俺が警察に届けることにした。
 もしも俺が親父たちに消されたら、その〝菜々〟って友達に託そうと思ってコピーしたSDカードを入れておいた。

 たぶん、あの手紙は母さんも見たんだろう。
 盗聴器と発信機はあの人が付けたんだと思う。
 SDカードを警察に出されるようなことがあれば、親父が逮捕される。
 母さんはそれだけは避けたかったんだ。なんだかんだ言っても、母さんは親父のことが好きで言いなりになっていた。

 母さんの逮捕は驚いたと思うが、Shin-Raiの女の子たちもお店に出ていた時に勝手に飲み物に覚せい剤を入れられていた。

 それは親父に強要されていたもので、母さんは微量に留めていたから依存症までなった子はいなかったはずだが。
 それでも、覚せい剤を入れ続けていたのは事実だ。

 逮捕されて、母さん自身もこれ以上悪いことをしなくて済んでホッとしている。
 
 だけど、ナナちゃんは免れていたみたいだ。
 理由は確かではないが、見ていた限りでは、それだけ可愛くて変なものを入れることが出来なかったんだと思う。


 そうだ、兄貴は捕まらなかったよ。
 動画にも兄貴の姿が映っていなかったということもあるが、親父も他のやつらも被害者の女の子でさえ、兄貴の名前は一切出さなかったんだ。

 押収された書類にも、ただのクラブのDJとしか記載されていなかったらしい。

 
 最後に、きちんと伝えたかったことだ。俺はキミに感謝している。

 親の悪事を知ったのは高校を卒業したあとで、それまでは普通の生活をしていたと思っていたんだ。

 それが崩れてからは、どうしていいかわからなかった。
 親は親だし、彼らの稼いだ金で俺は生きてきた。

 だけど、十七歳のナナちゃんが親父たちの組織を潰そうと、危険を顧みないで行動し始めた時に、これは俺がすべきことだったと気づいたんだ。

 ありがとう。


 もう何があってもこっちには来るなよ。
 キミはたった二週間で死に至るほど追い詰められたんだ。

 それまで、キミの周りの人間がどんなに手を尽くして育ててきたとしても、良くも悪くも人は自分の意志で何でもできる。

 だったら、幸せに生きる道を選べ。
 死にたくなるような道を選ぶ可能性は捨てるんだ。

 逃げてもいい。
 無駄に苦しむ必要はない。

 心からキミの幸せを祈っている。

 
 風間来夢 』
 

 読み終わった時、私は背中から力が抜けていくのを感じていた。

 大きな安堵が私の中に広がっていた。

 あの私の行動を感謝していると言ってくれる人がいた。
 
 それだけで、私の心は救われたのだ。


 それに、あの場所から離れて思った。
 生きていて良かった、と。

 たしかに追い詰められていたのだろう。
 取り返しのつかないことをしなくて良かった。

 逃げてもいい。
 その言葉を忘れないようにしよう。