二学期が始まった時には、傷口に止めていたホチキスも取れて髪も黒色に戻していた。

 いつもと同じ時間に家を出て、いつもと同じ電車に乗る。
 表面的には、いつもの日常が戻ったように見える。

「おはよう、夕璃」

 高校の最寄り駅から歩いていると、うしろから肩を叩かれ、菜々がはにかんだ笑顔を見せた。
 それが少し不自然な表情に感じたけれど、私は「おはよう」と笑顔を作って返した。

「チア部の合宿、どうだった?」

「どうって、普通に頑張ったよ。もうすぐ秋の大会も始まるから」

「髪は間に合ったの?」

「ううん。でも、なんとかなった」

 頭部の傷口のため、チア部の合宿までには黒色に染髪することは間に合わなかったけど、カラースプレーでなんとか乗り切った。
 合宿だったから友達には金髪がバレたけど、怪我をしなければ間に合うように染めようと思ったなんて言い訳した。

「そっか。あ、あのね。夕璃は合宿中だったから、ゆっくり話すことが出来なかったけど……」

 私の横にピッタリくっついて歩きながら、菜々が震えて下を向いているのがわかった。
 そんな表情をされると、何か悪いことがありそうで――――。

 ドラッグ中毒で辛そうだったミナの横顔と重なって、胸がズキンと痛む。

「どうしたの? なにかあった?」

「う、うん。あの……栗林君と、付き合うことになったんだ」

「えっ?」

「えっと、ていうか、付き合っているの。少し前から……」

 相変わらず菜々が震えている。

 だけどそれは、ドラッグに侵されるとか性被害に遭うとか命の危険を感じるとか、そんな心配があるわけじゃなくて――――。

 そんなこと、ここでは当たり前なのかもしれないけれど。

 私は自分の周りが平和なことにホッとした。

「そっか。菜々も好きだったんだね」

「――――好きになったのかな……」

「私の好きな人はね、みんな菜々が好きなんだよね。テッちゃんも、お母さんも」

「えっ? お母さん?」

 私のお母さんが菜々のお義母さんだって話は知らないのだろうか……?

「うん、お母さん。私のお母さんはね、菜々が大好きだから」

 菜々が不思議そうな表情で私を見た。

「私もね、菜々が大好きだから。仕方がないかなぁ。フフッ」

「夕璃のお母さんって、六歳の時に亡くなっているんだよね?」

 そんな菜々の言葉は軽くスルーして、私は白い雲に覆われた曇り空を見上げた。

 雲の隙間から、微かに太陽の光が漏れている。
 それをただ綺麗だと思えることが平和だと感じられた。

 平和な今を心から祝福できる。
 テッちゃんと菜々のことを祝福できているのかは分からないけど。

 それでも、大好きな二人が恐怖や不安とは無縁で、幸せな今を生きていることは心から喜べる。



「なんか、雰囲気変わったね、夕璃」

 教室で菜々と話していると、登校してきたスミレに言われた。

「そう? どんな風に?」

「うーん。フワフワした感じが抜けたのかな。前は菜々と二人でそんな感じだったけど」

 フワフワ…………?
 そっか、そうかもしれない。今までにない現実を目の当たりにして、フワフワしていられない恐怖の中に身を置いたからだろうか。

 チラリと菜々を見ると「ひどーい、私はフワフワしているってこと?」と抗議している。

「まあ、もう二人を間違うことも無いんじゃない?」

 スミレがにっこりと微笑むと、菜々は少し寂しそうな表情をした。

 私はホッとしていた。きっと今まで菜々に寄せていた私が、きちんと自分として歩けるようになったのかもしれない。