すべての記憶が戻ったわけじゃないけれど、私は真相を手に入れて帰宅した。

 それから数日はテレビではセンセーショナルな報道が続いた。

 真樹紅の一部を牛耳る反社組織が、若い女性をターゲットに覚醒剤中毒による軟禁状態にして、犯罪行為をさせたり風俗やAVで稼がせたりしていたという内容だ。

『夜な夜な男たちがお気に入りの子を呼びに来るんですよ。ドラッグで性奴隷にさせられた子達は、喜んで行く子もいましたよ。彼女たちは別に被害者だなんて思ってなかったんじゃないかなあ』

『端から見たら酷いと思うようなことでも、住めば都って言うじゃないですか。外に放り出された方が困っています』

 そんな女の子たちの証言VTRが流れると、私は居たたまれなくなってテレビを消してしまう。

 覚醒剤も夜の相手も本人の意志で、ということになれば、監禁していたわけではないから男たちの罪は軽くなるのだろうか。

 それがどれほど社会的には異常なことだったとしても、私は自分の起こした行動が彼女たちを救ったなんて思っていない。

 あの時、死を覚悟したのは、こんな風に無意味に自分を責めたくなかったからだろう…………。

 それでも、ミナをあそこから解放したかった。
 その一心で行動していたのは確かだったと思うのに。

 その記憶はまだ危うい。


 ミナとは音信不通になった。

 出頭した警察署からどこかに移送されたようだけど、どこにいるのか、どんな状態なのかも私には分からない。

 だから余計に、こんな風に世間を騒がせる結果になり、M氏の家は解散状態、彼が関わっていたお店まで営業停止に陥るという結果になったことが本当に良かったのか私にはわからなくなって苦しくなっていた。

 たとえ、もう関わらない世界だとしても。
 いや、関わらないからこそ、無責任なことをしたようにも思えた。

「このニュースを見ると、おまえが帰ってきて良かったと思うよ。記憶は戻らないのか? なんにしても、こんな所にいたわけじゃないのはお父さんにはわかる」

 朝食の時に、テレビを観ながらお父さんが心底ホッとした表情でクロワッサンに手を伸ばした。

「こんな所にいたなら、殴られる前に自殺しているよね」

 ヨーグルトにフルーツソースをかけながら、私は涼しい顔をしてそんなことを言う。

 お父さんには菜々宛てに遺書を書いていたことも、いなくなっていた二週間は真樹紅へ行っていたことも話していない。

 佐間川で何者かに殴打されて見つかった私は、失踪していた二週間の記憶がない。
 それがお父さんの知る全てだけど、それだけでも衝撃は大きかったはず。

 チャミはあのまま行方をくらまし、佐間川で私を殴った事件は迷宮入りしている。

 証拠品のSDカードを持って警察に行ってくれたのは来夢さんだから、私は対外的には何も関わらずに帰ってきた。
 だから、お父さんに真相を知られることは無いだろうと、それだけはホッとしている。

「おっと、そろそろお父さんは行くな。悪いけど、片付けよろしく」

 そう言うと、お父さんはコーヒーを一口飲んで食器をキッチンのシンクまで運んだ。

「うん、洗っておく」

 お父さんがいなくなると、窓ガラスに自分の姿が映った。
 いつの間にか見慣れた金髪だけど、もうすぐ部活の合宿が始まるから黒くしなければいけない。

 頭の傷が完治していないから、染められるのかな。

『真樹紅覚醒剤洗脳事件の続報です』

 テレビからそんな声が聞こえ、事件の名前がそんな風につけられているんだ、なんて思いながら画面を見た。

 すると、そこにはShin-Raiの入口が映っていた。捜査員とともに出てきたのは、フードのついた服で顔を隠したママだった。

「えっ?ママも逮捕されたの……?」

 内縁の妻だから?
 M氏の息のかかった店だから?

『松村容疑者の愛人である、秋葉加奈子容疑者が逮捕されました。秋葉容疑者も自身が運営するスナックの従業員の女の子たちに、本人の意志ではなく違法ドラッグを飲ませ、中毒化させていた疑いがあります』


 ショックだった。

 ママはM氏から女の子を守ってきたと言っていたのに――――。