来夢さんが横目でミナを見た。
「さて、キミはどうする? シェルターは警察から追われている人はかくまえない」
「警察に行く。だって、自分からドラッグに手を出したわけじゃなくて、そういう組織に入れられて飲まされていたんだもん」
「でも、ミナはドラッグの売買に関わっていたんでしょ?」
二十歳過ぎている成人のミナだから、自分の意志でおつかいに通っていたということになるのではないかと思った。
「うん。それが罪になるなら、甘んじて受けるよ」
ミナはそう言ってほほ笑んだ。
小刻みに手が震えているのは、きっと禁断症状が出ているのかもしれない。
「け、警察に送ってもらえますか?」
ミナが冷や汗をかきながら来夢さんに頼んだ。
ずっと落ち着いていたと思っていたけど、やっぱりドラッグを飲み続けてきたのだ。
警察署に着くまで、ミナはどんどん禁断症状が出て震えていく。
「付き添うよ、ミナ」
「いらない! 夕璃の付き添いなんていらないよ!」
到着した時に私が車から降りようとすると、ミナがものすごい剣幕で激怒した。
「だって、フラついているよ、ミナ。一人じゃ危ないでしょ?」
「余計なお世話だよ! 構わないで!」
ビックリして車の扉を開けようとした手が止まった。
「あんたにはわからないでしょ? ドラッグの辛さも、あんたに同情されている情けなさも!」
「同情じゃない」
「じゃあ、なんなのよ⁉ 同じ年頃であたしもあんたと同じ父子家庭だった。だけど、この差は何なのよ⁉ なんであんたが同情する側で、あたしが助けられる側なの⁉ あたしだって、普通に生きていたかった!」
感情的に言葉をぶつけると、ミナは乱暴にドアを開閉して駆け込むように警察署の中へ入っていった。
禁断症状のせいで気が荒れているのはわかる。
だけど、心にもないことは口から出てこないだろうと思えた。
「気にすんなよ。彼女自身の問題だ。警察に行くストレスだってあるだろ。八つ当たりされただけだ」
来夢さんがそう言いながら、車を急発進させた。
気にしないなんて無理だけど、仕方がないことがあると思うしかない。
多分、アイちゃんとユメノちゃんが感じていた通りになっているだけだから。
あの二人だって、今頃はきっと私のことを恨んでいる。
「この件は俺がやったことだ。だから、ナナちゃんは気にする必要はないからな」
来夢さんが何度もそう言うから、「うん」とだけ答えていた。
気にしないなんて無理かもしれないけど、それでも、私はミナのために動いたことに後悔はしない。
彼女がドラッグ依存でおかしくなってしまうのも、罪を犯し続けるのも、阻止することが出来たんだから。
それに、たとえ誰に恨まれても、二次被害があったとしても、実際に性被害で苦しんでいた子たちを解放できたと思っている。
たとえそれが偽善だと言われたとしても。
何もせずに見て見ぬ振りが出来なかったのだから仕方がない。
車の窓からは晴れ渡っているターコイズブルーの青空に、一筋の真っ白の飛行機雲が見えた。
気持ちがいいと感じる空がやけに皮肉に見えた。
こんな気持ちの時には土砂降り雨でいいのに。