少し甘さを感じる独特な煙草の匂いを漂わせながら、M氏が顔を近づけて私の手の中にあるスマホをつかんだ。

「ふうん。キミは特製ドリンクも飲んだ振りをして捨てていると思ったら、盗撮のような真似もしていたんだね」

 恐怖で声が出なかった。全てがバレている――――。

 ドアの向こうには、ドラッグの禁断症状で幻影や幻聴に苦しみ叫ぶ女の子と、彼女に覚醒剤ドリンクを与えようとしている男たちがいる。

 女の子は相変わらず奇声をあげているけれど、厳つい男たちは一斉にこちらを振り向いた。そして、一人の男が威嚇するように勢いよくドアを開け放った。

 恐くて一歩下がると今度は松村にぶつかり、慌てて身を翻して離れた。
 だけど、М氏に肩を捕まれた。

「好待遇をしていたつもりだが、お仕置きをしなければいけないね」

 その声がそれまでの優しい紳士的なものとは変わり、やけに冷淡で攻撃的に聞こえてゾッとした。

 身体が硬直して全身が氷のように冷たくなっていくのがわかる。

「本来なら、キミの相手は私がしたいんだがね。今はとても優しく抱いてやれそうにない。殺してしまいそうだ」

 その言葉が幾重にも恐怖を煽られ、足が震えて崩れ落ちそうになるのを耐えるのがやっとだった。

 抱かれるのも殺されるのも絶対にイヤ――――!

 だけど、身体も動かず声も出ない。そんな情けない自分に抵抗ができる気がしなかった。

「とりあえず、お仕置きは誰かに頼まないといけないな。私よりも乱暴なヤツらになってしまうがね」

「……い、いや……」

 情けない声が漏れると、うしろの部屋にいた強面の男たちが口笛を吹いて囃し立て、「いいんすかぁ?」「俺、立候補しちゃうよぉ」と次々とドアの方へ集まってくる。

「順番にみんなでってどうっすか?」
「ハハハッ、いいねえ」
「一緒にでもいいんじゃねえの?」
「そこのラリッた子も一緒にとかぁ?」

 その場には四、五人の男たちがいる。こんな人たちに酷い目に遭うくらいなら死んだ方がマシ――――!

 恐怖の中でどうにかして死ぬ方法に頭を巡らせる
 ポケットには小型のナイフを忍ばせている。

 失敗は許されない。
 寝室へ連れて行かれたら、思いっきり自分の頸動脈を掻っ切る覚悟をしよう。

「全員の必要はない。最終的には私が引き取るからね」

 М氏の言葉に、他の男たちが落胆の声を上げる。

「じゃ、俺が預かりますよ」

 名乗りを上げたのは、一番若くて細身の、だけど鋭い目つきの男だった。

「真聖か。そうだな、おまえなら適任だ」

 М氏の一声で、真聖という男が私の腕をつかんだ。この人はたしか、М氏の息子だ。
 つまり、ママの息子でもあり来夢君のお兄さんでもあるのに――――。

 他の幹部たちだったら、何も考えることなくナイフで命を落とせる。
 
 だけど、この人の前で死ぬとママや来夢君たちがどう思うか。
 そんなことが脳裏に浮かぶ。

 だからと言って、この人の思い通りにされるなんて絶対にイヤだ。

「撮影も忘れるなよ。この可愛い子にこれ以上おかしな真似をさせたくない」

「わかってるって」

 そんな会話にただ恐怖に駆られていると、無理やり腕を引かれて彼の部屋まで連れて行かれ、乱暴に押し込むようにドアの中へ入れられた。

 素早く部屋のドアに鍵をかけると、松村真聖は私の腕から手を放した。
 私はすかさずハーフパンツのポケットに忍ばせているナイフをいつでも取れるように、そっと手で触れていた。

 だけどそこにはベッドなどなく、木のイスがふたつ向かい合わせにテーブルの前に置かれている。
 奥のイスを引いて、無言で私に座るよう促した。