「そうだ、ミナが前に聞いた〝警察に持って行った?〟って、これのこと?」
私はあの手紙と一緒に入っていたSDカードをテーブルの上に置いた。
ミナは目を丸くして、暫くの間、それを見つめていた。
「なにか物を盗ったのかと思ったけど、動画を撮っていたってことだよね?」
「なにが……入っていた? 何分くらい?」
ミナが眉を寄せてなにか言いたげに私を見た。
「えっと、全部で二十分くらいかな。細切れにいろんな場面だったけど、あの家で酷い目に遭っている女の子たちのこと映していた。女の子は顔は映していないけど、男たちは映っていたから。これを警察に届けてほしかったんでしょ?」
「……私が撮ったのは、全部で五分もないと思う。撮っているのが見つかるのが怖くて。あとの十五分は誰かが撮ったんだと思う。それに、私が渡したのはSDカードじゃなくて、スマホに入っているメモリーカードだから。誰かが編集したんだと思う」
それを聞いて、すぐに来夢さんが浮かんだ。
あの人が警察に持って行くと言っていたから、私の持っていたこれはそのコピーだろうと思った。
「ねえ、夕璃。記憶が無いって言ったけど、あたし、逃げて来たんだよ。夕璃がずっと逃げるべきだって言ってくれて。やっと実行できたの」
ミナが泣きそうな目で私を見ている。
そうだった、本題はそっちだったんだ。
「あたしとの出会いも覚えていないって言ったよね? 真樹紅の街で薬が切れて起き上がれなくなっていたあたしをあんたが介抱してくれたんだよ。周りの人たちはみんなあたしを危ないヤツだって顔して、見てみぬ振りしてたのに。ゲーゲー吐いても背中をさすって水まで買ってきてくれて。酔っ払いじゃなくて薬中だって知ったら、泣きながらやめるようにって説教してさ」
そう言うと、フッと口元を緩めて笑ったと思ったら、ミナはポロポロと泣き出した。
「あんたとは生きている世界が違うから構うなって言ったら、生きている世界なんて、今ここで一緒にいるんだから同じだって言って。あの動画撮って警察に持って行くって言ったのもあんただよ。だから、逃げる勇気が出たら力になってくれるって言ったのに」
私をあてにして逃げてきてくれたんだ。きっと私はずっとミナを説得していたんだろう。
「その時のことは覚えていないのはそうだけどね。今日はミナの話を聞いて、相談しようと思っている人がいるの。ちょっと公衆電話で電話しなきゃいけないんだけど」
「そこにあるよ、緑の電話」
ミナがファミレスのレジ横の奥の方にあるスペースを指差した。電話ボックスではないけど、公衆電話スペースになっていた。
「じゃ、電話してくる」
「あたしも行く」
どこか警戒するように、ミナがついてきた。
私がどこに電話するのか心配なのかもしれない。
私は来夢さんにもらったメモを出して「Shin-Raiのママの息子だよ」と言った。
「それって、あいつの――松村さんの息子ってこと?」
「うん。でも、信用できると思う」
記憶が無いから、それも覚えていないけど――――。
あれ? 本当に信用していいの?
私の中でストップがかかった。
「ごめん、記憶がないのに。この人がいい人かどうか、私には本当にはわからないんだよね……?」
急に自信がなくなった。さっきまでとっても良い人で、守ってくれたお兄ちゃんのように感じていたのに。
だって、記憶が無いんだから。昨日はその場だけ信用させるようなことだって簡単にできるかもしれない。
「いいよ、電話して」
ミナが真剣な目でこっちを見ている。
「松村さんの長男の真聖さんはいい人なの。いや、幹部だから一概には言えないんだけど。でも、嫌がる女の子と無理やり寝たりしない。だから、夕璃のことも逃がしたんだと思う」
「――――そう。来夢さんもいい人だと思うんだけど。昨日会っただけだから自信がない」
「とりあえず電話してみて。そこから判断する」
その覚悟をしたような瞳を見て、私は公衆電話の受話器を取った。