その時、悲鳴のような何かを叫ぶ女の人の声と走り去って行く足音を聞いた。
夜の暗闇の中、砂利が敷き詰められたような場所で立ち上がろうとすると、後頭部に大きな衝撃を感じて再びひざをついて頭を抱えてうずくまってしまった。
「大丈夫⁉」
「今、救急車を呼んだからね!」
顔は確認できなかったけれど、恐らく知らないおばさんが二人、私に駆け寄って来たのが分かった。さっき聞いた悲鳴はこの人たちのものだと、心のどこかで思ったような気がする。
そして、救急車という言葉でこの頭の衝撃は怪我をしたのかもしれない、と思ったところで意識が朦朧としてきた。
起き上がっていられなくなってきた私の視界の先に、月明かりに照らされた水面が見えた。手やひざの下には角の取れたまるい石たちが広がっていて、そこが河原だということを理解した。
私はどうしてこんな夜にこんな場所にいるのだろう……?
激痛のなかで混乱しながらも、漠然とそんな思考が過ぎる。
「聞こえますか? お名前、わかりますか?」
誰の声? 身体が揺れている。サイレンの音が聞こえるから、救急車の中……?
うっすらと見えたのは、青色の医療服姿に大きなマスクをした男の人。その力強い目で私の顔をのぞき込んでいる。
「聞こえますか? お名前、言えますか?」
「……井上夕璃……」
今度は私の名前を呼んで話しかけられたような気がするけれど、私の思考はついていけず、救急隊員の言葉は頭になにも残らずに通り過ぎていく。
自分の身に何が起こったのか理解が出来ていなかった。
私が覚えているのは……なんだろう……?
ふいに脳裏に幼なじみのテッちゃんの困ったような、どこか切なさを感じる顔が浮かび上がった。
ああ、そうだ。私、テッちゃんにフラれたんだった…………。