すっかり暗くなってきた、午後四時過ぎ。
 冬が近づいてくるとまだ夕方でも辺りが暗くなるなんて、真夏日とか全く違うんだなぁ、と思う。
 でも冬は好きだ。クリスマス、年末年始、バレンタインデー、ホワイトデー……。恋人行事もたくさんあるから、これからがとても楽しみ。
 晴人くんとしたいこと、星の数ほどあるから。

 「美雨、なんでそんな格好してるの? 足冷えるじゃん」

 「もう、晴人くんに可愛いって思ってもらいたくて、スカート履いてるんです」

 「スカートでもパンツでも、美雨は可愛いのに」

 そんな台詞、どうして照れずに言えるのだろう……。聞いているこっちが恥ずかしくなる。
 私の気持ちが顔に出たのか、晴人くんはおかしそうに笑った。

 「俺だって照れるよ。でも自分の言葉で、美雨に伝えたいから」

 「……はいはい、ありがとう。晴人くんはすごいよね」

 「何で? 当たり前のことだよ」

 「私は自分の言葉を伝えるのが苦手だったから、そうやって気持ちを伝えられるのすごいなぁって」

 だから、晴人くんが羨ましい、とも言える。
 晴人くんのように私も素直な自分になれたらいいなと思う。
 だけど自分は自分、晴人くんは晴人くん。完璧に晴人くんになろうと思っても、それはできないことだって分かっている。
 だからせめて、気持ちを伝えられるようになりたかった。

 「美雨さ、自分のことちゃんと分かってる?」

 「へっ? 何が?」

 「自分の言葉を伝えるのが苦手だった(・・・)って言ってるじゃん。それ、過去形でしょ。今はもう違うんじゃない?」

 晴人くんに言われて、ハッと気がついた。
 『だからせめて、気持ちを伝えられるようになりたかった』
 私、さっきこう思った……。確かに過去形で考えていたのかもしれない。

 「もう美雨は昔の美雨じゃない。だから……ちゃんと、前を向いているよ。ちゃんと歩いてるよ。だから安心して」

 「うん、そうだね。私自分のことよく分かってないみたい。晴人くんのほうが、私のこと理解してるみたいだね」

 「……俺は美雨のこと、全然分からないよ。だからもっともっと教えてほしい。これから、美雨のこと知りたいから」

 ――私も晴人くんのこと、知りたい。
 好きなこと、苦手なこと、趣味、やりたいこと、なりたいもの、全部全部……。
 晴人くんのこと、まだ“彼女”って言えるくらい分かってはいないと思う。優しくて、甘いものが好きで、いたずらっ子……というくらいしか。
 だからこれから先、晴人くんの隣で、晴人くんのことを知っていきたいと思った。

 「うわっ、雨!?」

 そんなことを考えていると、突然雨が降ってきた。
 だんだん強くなってきていたので、私たちは近くのマンションの屋根があるところへ雨宿りすることにした。
 ――このマンション、飛び降りたところだ。
 まだ少し……怖い。いじめられていたときの記憶は鮮明に残っているし、心の傷は消えない。
 でも晴人くんと一緒に、浄化していけたらいいな。いじめていた人と一緒に、なんて変な話たと思うけど。それでも私は、晴人くんのことが好きだから。

 「美雨」

 「はる――」

 不意打ちの、口づけをされた。
 優しく、そっと。精一杯傷つけないようにしてくれたのが伝わってくる。
 恥ずかしくて、その場に座り込んでしまう。足が震えて……立てない。

 「ご、ごめん、嫌だったよな。大丈夫?」

 「う、ううんっ、違うの、嫌じゃないの。びっくりして、嬉しかっただけ」

 自分が恥ずかしい。こういうのに慣れていないって知られちゃった……。
 だけど晴人くんも耳まで顔を赤く染めながら、私の目を見つめた。
 ドキ、ドキ、ドキ。晴人くんといると、いつも胸が高鳴る。頭のなかまで鼓動が伝わるくらいドキドキするの。
 
 「美雨の心が雨のとき、俺が駆けつける。それで心を晴れにする。だから、寂しいときとか、辛いときは遠慮なく言ってほしい」

 「……うん。私たちの名前にぴったりだね」

 「あ……そう、だな」

 雨と、晴れ。正反対の天気だけれど、私たちにぴったりのもの。えへへ、ちょっとキザだったかな。
 でも彼が言うと、そんな素敵な台詞も、キザに聞こえない。私の心にズシッ、と重く響く。
 それは、晴人くんの言葉に嘘がないから。本気で私を想って言ってくれるのが伝わるから。

 「晴人くん、あのね」

 「うん」

 「私、雨が好きになったよ」

 通り雨がひどくなるけれど、それでも私の心はぽかぽかに晴れている。
 それは君が、隣にいてくれるからなんだね。
 ――ふたりの透明な記憶の雨。