病院に着いて、受付の看護師さんへトウマ先生の居場所を聞いてみた。
 診察中とか、仕事中なら迷惑を掛けてしまうかもしれないから。

 「あの、トウマ先生って今日いらっしゃいますか?」

 「トウマ先生? おかしいなぁ、名前は覚えてるはずなのに……。そんな先生いたかな」

 名簿表のようなものをめくりながら、その看護師さんはそう言った。
 私たちは特に気にしていなかった。医師はたくさんいるから、名前を忘れてしまうのも仕方ないと思っていたから。
 だけど看護師さんは、やっぱりと言った顔で首を横に振った。

 「やっぱりトウマ先生という方はこの病院にはいないみたい。違う病院と勘違いしているんじゃないかな」

 ――トウマ先生という方は、この病院にいない?
 私たちは顔を見合わせて、必死に説得する。

 「いるはずなんです。俺たち、以前記憶喪失になってしまったことがあって、ここの病院に入院してて。そのときの担当医師なんです」

 「うーん、いくらご本人でも、患者様の情報は教えられないからなぁ……。下の名前は分かる?」

 「えっと……」

 晴人くんが私の目を見つめて助けを求めてくるけれど、口を開くことができなかった。
 ――私……トウマ先生の名前、知らない。
 どうして聞いておかなかったのだろうと今更後悔する。それに連絡先を交換することも、忘れていた。
 まるでトウマ先生が消えてしまったみたい。

 「違う病院に移ったとか、そういう可能性はありませんか?」

 「最近移動した先生はいないんだよね。多分、勘違いしているのよ。あなたたち、記憶喪失だったんでしょう? 記憶違いが起きているんじゃないかな」

 「そ、そんなはず、ありません!! 私はトウマ先生に何度も救われたのに……」

 トウマ先生は私に、手を差し伸べてくれた。
 でも私はトウマ先生に、何もしてあげられていない。まだお礼も伝えられていないのに……。
 力が緩んでしまい、持っていた花束を落としてしまう。

 「とりあえず、そのお花は預かっておくね。トウマ先生という方がいたか、色々な人に聞いてみるから」

 ありがとうございました、と言って、私たちは泣く泣く病院を出ることにした。
 外に出てからも、私はずっと考えていた。トウマ先生は姿をくらましたように、突然いなくなってしまった。
 ――それはどうして? 何か理由があるの?
 だけど考えても考えても、何も思いつかなかった。

 「どうしたんだろうな」

 「うん……」

 「心配?」

 「もちろん。私、トウマ先生が憧れだったの。トウマ先生のような人になりたい、って思ってた。こんなの……寂しいよ」

 足が震えて、その場に立っているだけでめまいがしてしまう。
 トウマ先生はすごく不思議な先生だった。まるで私のことを一番に分かってくれているようで、嬉しかった。
 そんな先生が突然いなくなってしまったなんて信じられない。だって先生なら、私に一言言ってくれるはずなのに。
 トウマ先生のことを信じていたからこそ勝手に裏切られた気分になって、悲しくなる。涙が少しずつ溢れ出てくる。

 「美雨、泣かないで」

 「晴人、くん……」

 「きっといつか、トウマ先生に会えるよ。俺も、トウマ先生だけは特別な感じがしたから。それがいつかは分からない、俺たちはおじいちゃんおばあちゃんになるかもしれない。でも、絶対に会えるよ。そんな予感がする」

 晴人くんが言うなら、きっとそうなんだよね。
 いつかトウマ先生に会えるはず。いつまでも泣いていないで、気持ちを切り替えよう。そう思って自分の頬をペチッ、と叩いた。

 ――トウマ先生、自分の気持ちを言わせてください。
 本当にありがとうございました。記憶を失ってからも、戻ってからも、一番支えてくれたのはトウマ先生です。
 私も医者になるという夢を叶えることができたら。トウマ先生のようになりたいと思っています。
 何もお礼できずにごめんなさい。トウマ先生のことがずっと憧れです。

 どうか、届きますように。そう願っていると、風が私の隣を横切った。
 この風が、私の想いをトウマ先生に届けてくれるような、そんな感じがした。

 「ねぇ、晴人くん。トウマ先生って普通に呼んでるけど、晴人くんと苗字一緒だね」

 「そうだな、俺とトウマ先生、親戚だったりして」

 「そうだったらすごいね」

 私もいつか藤間になるのかな。なりたいな、と思ってしまう。
 ――藤間美雨。素敵な響きだと思うなぁ。
 結婚なんて考えるのは早いけれど、好きな人と生涯共にすることを誓うなんて、そんな幸せなことないと思う。好きな人が隣にいてくれれば、それだけで満足……。
 晴人くんの目を見ると、何だか遠く未来を見つめているようで。私も夢に向かって頑張ろうと思えたんだ。