「藤間、さん……っ」
学校が終わって、駆け足で藤間さんの家に向かう。
もう彼女じゃない、あんな最低なことを言ってしまった私を迎え入れてくれるか分からないけれど、行動しなければ意味がない。
『何かを変えたくて行動しようと思ったときに大丈夫かな、とか不安になっちゃって結局動けずにいない? 思いのまま言葉にして、行動すればいいんだよ』
そう、藤間さんが教えてくれた言葉。
私は藤間さんのことを許せないかもしれない。だけどあのときの言葉は本物だって信じている。
だってあの瞬間、私の心に響いたから。たったそれだけでも、特別な言葉だと思ったから。
息がもつれて上手く呼吸ができない。苦しい。
だけどここで止まってしまったら、後悔するかもしれない。
――藤間さんに、伝えないと。私の本当の気持ち。
インターホンを鳴らすと、藤間さんの弱々しい声がした。
いじめられていたときや、記憶を失っているときの強い藤間さんとはまるで別人のようで、驚いてしまう。
話すだけで緊張してしまうけれど、仕方がないよね。
「藤間さん、あの……! 綾瀬、です」
「綾瀬……!?」
「話がしたくて来たの。ごめんなさい、藤間さんは私のこと嫌っているかもしれない。だけど少しだけ話したいことがあるの」
しばらく沈黙が続いたけれど、「分かった」とぼそっと呟いて、藤間さんは玄関から出てきてくれた。
だけど何となくいつもと違うような、そんな気がした。
「藤間さん、私、記憶が戻って……。取り乱しちゃってごめんなさい。全然意味分からないですよね」
「……いや、俺もその直後、記憶が戻ったんだ」
「記憶が戻ったんだ、って……え!?」
どういうことか、少しの間意味が分からなかった。
だけどやっと理解した。藤間さんも私と同じく、記憶を取り戻したということだ。
――じゃあ、待って。私をいじめていたこと、思い出したってこと……?
その瞬間、一気に鳥肌が立つ。勝手に家に来て、何をされるか分からない。
「ごめん……綾瀬」
だけど、予想していた言葉とはかけ離れていた。藤間さんはごめん、と一言発した。
私のことをいじめていた藤間さんと本当に同一人物かって疑うくらい、びっくりして。だけどもっと驚いたのは、このあと。
藤間さんの泣き腫らした目元を見て、私は分かってしまったから。――さっきまで、私のために泣いてくれていたんだろう、って。
きっと記憶喪失の間、ずっと藤間さんが隣にいたから、藤間さんのことを嫌でも分かってしまうのかもしれない。
「私、藤間さんのこと大嫌いでした。いじめられていたとき、すごく怖かった……。今でも思い出して震えるくらい」
「……うん」
「だけど記憶喪失のときの藤間さんはそんなことなくて。たくましてくて、優しくて、大好きな人。……本当は、藤間さんはそういう人なんだろうなぁって、改めて分かったの」
記憶喪失は、改めて生まれ変わるのとほぼ同じようなものだと思っている。
記憶を失ったときからいじめているときとは違う、性格が良かった藤間さん。本当は、本当はそういう人なんだよね。
いじめているときの藤間さんは、気持ちに嘘を吐いているような、そんな藤間さん。
「ごめんなさい、藤間さん。病室でひどいことを言ってしまって。でもいじめは……許したくないです」
これで顔を見てしまったら、何となくだけど……涙腺が緩んでしまうかもしれない。
急いでこの場を去ろうと思ったそのとき、藤間さんに腕をぐいっと引っ張られて、引き止められた。
「え……?」
「綾瀬、ごめん。本当にごめん!! 謝るだけじゃ気がすまないなら、何度も何度も殴っていい。数ヶ月、毎日いじめなんて本当どうかしてるよな。俺、いじめなんてバカだって思ってたはずなのに、どうして……っ」
藤間さんの涙は、初めて見たような繊細な雫。
藤間さんも分かっていたのだろう。いじめはいけないことだ……って。
でも実行してしまったという事実は消えない。私の心の傷はきっと永遠に残ると思う。
「綾瀬のことが、好きなのに……」
「……っ!」
――なんで、そんなこと、言うの。
本当は私だって。
不器用だけど優しくて、いっぱいドキドキさせてくれて、甘いものが好きで、いつも私を優先して考えてくれて……。
そんな藤間くんのことが、好き。
好きって言葉では片付けられないくらい。
「うっ……うぅ」
「えっ!? あ、綾瀬、ごめん! そうだよな、俺なんかもう顔も見たくないよな……」
「ちが……う、よ」
今度は私が、藤間さんの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「……好きだよ」
「え……あや、せ……」
「過去のことは、おしまいにしよう。今日からまた、恋人やろう。――藤間くん」
藤間くん。藤間くん、藤間くん、藤間くん。
うれしい。また名前を呼ぶことができて、すごく、とても。
藤間くんのぬくもりが伝わってくる。季節は冬が近づいてきているのにも関わらず、いつも藤間くんはあたたかい。
どうして藤間くんのことをまた好きになってしまったかなんて、分からないけれど。でも、好きになるのに理由なんていらないから。だから、深く考えない。私は藤間くんが好きだもの。
「俺、ちゃんと、今度こそ綾瀬を幸せにしたい。心からそう思ってるよ……美雨」
「うん……! 晴人、くん」
ねぇ、気づいているかな。
私の美雨という名前には『雨』の漢字が入っている。晴人くんの名前には『晴』の文字がある。
私たち、正反対の名前なんだね。私は雨が大嫌いだから、自分の名前は好きではなかった。でも今は好きになれた。
それは、晴人くんが太陽で私を照らしてくれるから。晴人くんの隣にいれば、雨のように暗い私でも輝けるようになった。
だから、美雨が好き。綾瀬美雨を、好きになれたんだよ。
「美雨、ありがとう。大好き……」
「こちらこそありがとう、私も大好きだよ」
ちゃんと今日から、再スタートを切れる気がする。そう感じることができただけで、たぶん私は成長できたのだろう。
雲に隠れている、うっすらとした月が顔を出した。お月さまも私たちのスタートを祝福してくれているのかもしれない。なんて、空を見上げながらそう思った。
学校が終わって、駆け足で藤間さんの家に向かう。
もう彼女じゃない、あんな最低なことを言ってしまった私を迎え入れてくれるか分からないけれど、行動しなければ意味がない。
『何かを変えたくて行動しようと思ったときに大丈夫かな、とか不安になっちゃって結局動けずにいない? 思いのまま言葉にして、行動すればいいんだよ』
そう、藤間さんが教えてくれた言葉。
私は藤間さんのことを許せないかもしれない。だけどあのときの言葉は本物だって信じている。
だってあの瞬間、私の心に響いたから。たったそれだけでも、特別な言葉だと思ったから。
息がもつれて上手く呼吸ができない。苦しい。
だけどここで止まってしまったら、後悔するかもしれない。
――藤間さんに、伝えないと。私の本当の気持ち。
インターホンを鳴らすと、藤間さんの弱々しい声がした。
いじめられていたときや、記憶を失っているときの強い藤間さんとはまるで別人のようで、驚いてしまう。
話すだけで緊張してしまうけれど、仕方がないよね。
「藤間さん、あの……! 綾瀬、です」
「綾瀬……!?」
「話がしたくて来たの。ごめんなさい、藤間さんは私のこと嫌っているかもしれない。だけど少しだけ話したいことがあるの」
しばらく沈黙が続いたけれど、「分かった」とぼそっと呟いて、藤間さんは玄関から出てきてくれた。
だけど何となくいつもと違うような、そんな気がした。
「藤間さん、私、記憶が戻って……。取り乱しちゃってごめんなさい。全然意味分からないですよね」
「……いや、俺もその直後、記憶が戻ったんだ」
「記憶が戻ったんだ、って……え!?」
どういうことか、少しの間意味が分からなかった。
だけどやっと理解した。藤間さんも私と同じく、記憶を取り戻したということだ。
――じゃあ、待って。私をいじめていたこと、思い出したってこと……?
その瞬間、一気に鳥肌が立つ。勝手に家に来て、何をされるか分からない。
「ごめん……綾瀬」
だけど、予想していた言葉とはかけ離れていた。藤間さんはごめん、と一言発した。
私のことをいじめていた藤間さんと本当に同一人物かって疑うくらい、びっくりして。だけどもっと驚いたのは、このあと。
藤間さんの泣き腫らした目元を見て、私は分かってしまったから。――さっきまで、私のために泣いてくれていたんだろう、って。
きっと記憶喪失の間、ずっと藤間さんが隣にいたから、藤間さんのことを嫌でも分かってしまうのかもしれない。
「私、藤間さんのこと大嫌いでした。いじめられていたとき、すごく怖かった……。今でも思い出して震えるくらい」
「……うん」
「だけど記憶喪失のときの藤間さんはそんなことなくて。たくましてくて、優しくて、大好きな人。……本当は、藤間さんはそういう人なんだろうなぁって、改めて分かったの」
記憶喪失は、改めて生まれ変わるのとほぼ同じようなものだと思っている。
記憶を失ったときからいじめているときとは違う、性格が良かった藤間さん。本当は、本当はそういう人なんだよね。
いじめているときの藤間さんは、気持ちに嘘を吐いているような、そんな藤間さん。
「ごめんなさい、藤間さん。病室でひどいことを言ってしまって。でもいじめは……許したくないです」
これで顔を見てしまったら、何となくだけど……涙腺が緩んでしまうかもしれない。
急いでこの場を去ろうと思ったそのとき、藤間さんに腕をぐいっと引っ張られて、引き止められた。
「え……?」
「綾瀬、ごめん。本当にごめん!! 謝るだけじゃ気がすまないなら、何度も何度も殴っていい。数ヶ月、毎日いじめなんて本当どうかしてるよな。俺、いじめなんてバカだって思ってたはずなのに、どうして……っ」
藤間さんの涙は、初めて見たような繊細な雫。
藤間さんも分かっていたのだろう。いじめはいけないことだ……って。
でも実行してしまったという事実は消えない。私の心の傷はきっと永遠に残ると思う。
「綾瀬のことが、好きなのに……」
「……っ!」
――なんで、そんなこと、言うの。
本当は私だって。
不器用だけど優しくて、いっぱいドキドキさせてくれて、甘いものが好きで、いつも私を優先して考えてくれて……。
そんな藤間くんのことが、好き。
好きって言葉では片付けられないくらい。
「うっ……うぅ」
「えっ!? あ、綾瀬、ごめん! そうだよな、俺なんかもう顔も見たくないよな……」
「ちが……う、よ」
今度は私が、藤間さんの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「……好きだよ」
「え……あや、せ……」
「過去のことは、おしまいにしよう。今日からまた、恋人やろう。――藤間くん」
藤間くん。藤間くん、藤間くん、藤間くん。
うれしい。また名前を呼ぶことができて、すごく、とても。
藤間くんのぬくもりが伝わってくる。季節は冬が近づいてきているのにも関わらず、いつも藤間くんはあたたかい。
どうして藤間くんのことをまた好きになってしまったかなんて、分からないけれど。でも、好きになるのに理由なんていらないから。だから、深く考えない。私は藤間くんが好きだもの。
「俺、ちゃんと、今度こそ綾瀬を幸せにしたい。心からそう思ってるよ……美雨」
「うん……! 晴人、くん」
ねぇ、気づいているかな。
私の美雨という名前には『雨』の漢字が入っている。晴人くんの名前には『晴』の文字がある。
私たち、正反対の名前なんだね。私は雨が大嫌いだから、自分の名前は好きではなかった。でも今は好きになれた。
それは、晴人くんが太陽で私を照らしてくれるから。晴人くんの隣にいれば、雨のように暗い私でも輝けるようになった。
だから、美雨が好き。綾瀬美雨を、好きになれたんだよ。
「美雨、ありがとう。大好き……」
「こちらこそありがとう、私も大好きだよ」
ちゃんと今日から、再スタートを切れる気がする。そう感じることができただけで、たぶん私は成長できたのだろう。
雲に隠れている、うっすらとした月が顔を出した。お月さまも私たちのスタートを祝福してくれているのかもしれない。なんて、空を見上げながらそう思った。