藤間晴人side
俺は、いつもいつも、透明な世界にいて。
勉強も、運動も、得意なことも何もない自分のことを嫌っていた。
鏡に映っていた自分は、まるで俺とは違うようで。毎日が楽しい。毎日が幸せ。そんなことを思っているような気がした。
友達が多くて、人気者。いわゆる一軍というポジションにいたと思う。
だけど、それは理想の自分じゃなかった。女子からも男子からもチヤホヤされて生きる俺は、鏡の自分のようだった。
俺は鏡の自分にはなりたくない。だったら透明な世界で、生きていくほうが楽しいって、そう思っていた。
高校に入ってから、真田美虹という女が、悲しそうな瞳で窓を眺めていたのが気になった。
真田美虹も一軍というポジションにいて、友達が多くて、授業中も休み時間もうるさくて。だけど、どこか気持ちを偽っているような気がして。
俺と似ているなって思った。そして――声を掛けた。それが、始まりだったのだと思う。
休み時間はいつも本を読んでばかりいる、綾瀬美雨。綾瀬美雨は、俺たちと似ていた。
だけど違った点があった。綾瀬美雨は、寂しそうな目をしていなかった。偽りがなかった。ひとりでも大丈夫と言っているような、そんな目をしていた。
俺たちと似ている、でも強い。そう思うとだんだん、怒りが込み上げてきたんだ。
そうして俺と真田美虹は、綾瀬美雨をいじめることにした。
――だけど。
まるで何かが起きるというような大雨が降り注ぐ日。綾瀬美雨が、屋上から飛び降りて、病院に救急搬送されたと聞いた。俺たちは視界が真っ白になった。
心肺停止の重体。きっと自殺しようとした原因は俺たちだってすぐ分かった。いじめがエスカレートしていったせいだって。
俺はそのとき、心身共に疲れ切っていたのだと思う。
……俺も、屋上から飛び降りて、自殺を図った。
目が覚めたとき、俺たちは記憶喪失になっていた。
お互いのことをよく知っているはずなのに、知らなくて。学校が同じだって知ったとき、きっと友達だったんだろうなって笑いあって。
絶対にそうだと確信していたんだ。
綾瀬は、すごく優しくて、穏やかで、素敵な女の子だった。
俺はこのときから、もしかしたら綾瀬に恋をしていたのかもしれない。
だけど初めての感情に、俺は気がつくわけなくて。この胸のドキドキを、心にそっと閉まっていた。
そして付き合うことになったとき、絶対に幸せにすると心に決めた。
可愛くて、大好きで、こんなにも愛する人なんてこれから先いないという確信があるほど。
綾瀬のことを好きになっていた。
――そして。綾瀬が記憶を戻った瞬間。
「……藤間く――ううん、藤間さんは、騙していたの?」
「え? 騙して、いた?」
「藤間さんは本当は、記憶を失っていないの? 最初から、私が病院に運ばれたっていう情報を聞いて着いてきて、見張ってたの? 私が記憶喪失なのをいいことに」
「……綾瀬、なにを、言ってるの。藤間さんってなに。どうしたの」
急に、藤間さんだなんて呼ぶなんてどういうことだろうと、分かっていなかった。
――本当は記憶を失っていない?
――見張っていた?
そんなの、言いがかり。よく分からないことをどうして綾瀬は俺に言い放つのだろうと。
でも、綾瀬が病室を飛び出した瞬間。頭に突き刺すような痛みが広がった。
そのとき、俺も記憶が戻ったんだ。全て、思い出したんだ。
俺と真田が綾瀬をいじめていたこと。そんなひどい過去を。
俺は、どうしようもないクズだった。
あわよくば殺人になるところだった。綾瀬に深い傷を負わせてしまった。いじめをするなんてどうかしている。
そう思えるのは、記憶喪失のとき、綾瀬が隣にいてくれたから。そばにいて俺を支えてくれたから。
なのに俺は綾瀬を傷つけていた。永遠に忘れることができない、心の傷を。
俺は――彼氏なんかじゃない。
もう綾瀬に合わす顔がない。
だけど、綾瀬に謝らないで、このまま過ごしていたら絶対に後悔する。
俺はすごく弱い。体も心も全部、全部全部全部。
どうして俺は綾瀬をいじめていたんだろう。心の底から好きになった人を、何でいじめなんか……っ。
そう思うと、頬に涙が溢れた。
何も考えることができない。ただ、綾瀬の幸せそうな笑顔が頭に浮かんでくるだけ。
綾瀬は前、幸せについて俺に聞いてきた。それで、こう答えた。自分の理想が叶ったときかな、と。
俺の理想は、綾瀬と二人で幸せになることだった。記憶が戻ってもきっと大丈夫だって、思えていたから。
――時間が、戻ったらいいのに。
時間を巻き戻すことができたら、俺はもう二度と過ちを犯すことはない。そうすれば綾瀬も、俺も、真田も。みんな、傷つくことはない。
でもそれはできないことだって分かっている。もうどうしようもない、事実なのだから。
分かっているからすごく悔しい。自分がとても醜い。
「……あや、せ……っ」
名前をひとこと呼ぶだけで、胸が痛めつけられる。
でも俺たちがいじめているとき、綾瀬はもっと痛みを感じていたんだろう。俺には想像できないくらいの、体や心の痛み。
俺は――どうしたらいいんだろう。
俺は、いつもいつも、透明な世界にいて。
勉強も、運動も、得意なことも何もない自分のことを嫌っていた。
鏡に映っていた自分は、まるで俺とは違うようで。毎日が楽しい。毎日が幸せ。そんなことを思っているような気がした。
友達が多くて、人気者。いわゆる一軍というポジションにいたと思う。
だけど、それは理想の自分じゃなかった。女子からも男子からもチヤホヤされて生きる俺は、鏡の自分のようだった。
俺は鏡の自分にはなりたくない。だったら透明な世界で、生きていくほうが楽しいって、そう思っていた。
高校に入ってから、真田美虹という女が、悲しそうな瞳で窓を眺めていたのが気になった。
真田美虹も一軍というポジションにいて、友達が多くて、授業中も休み時間もうるさくて。だけど、どこか気持ちを偽っているような気がして。
俺と似ているなって思った。そして――声を掛けた。それが、始まりだったのだと思う。
休み時間はいつも本を読んでばかりいる、綾瀬美雨。綾瀬美雨は、俺たちと似ていた。
だけど違った点があった。綾瀬美雨は、寂しそうな目をしていなかった。偽りがなかった。ひとりでも大丈夫と言っているような、そんな目をしていた。
俺たちと似ている、でも強い。そう思うとだんだん、怒りが込み上げてきたんだ。
そうして俺と真田美虹は、綾瀬美雨をいじめることにした。
――だけど。
まるで何かが起きるというような大雨が降り注ぐ日。綾瀬美雨が、屋上から飛び降りて、病院に救急搬送されたと聞いた。俺たちは視界が真っ白になった。
心肺停止の重体。きっと自殺しようとした原因は俺たちだってすぐ分かった。いじめがエスカレートしていったせいだって。
俺はそのとき、心身共に疲れ切っていたのだと思う。
……俺も、屋上から飛び降りて、自殺を図った。
目が覚めたとき、俺たちは記憶喪失になっていた。
お互いのことをよく知っているはずなのに、知らなくて。学校が同じだって知ったとき、きっと友達だったんだろうなって笑いあって。
絶対にそうだと確信していたんだ。
綾瀬は、すごく優しくて、穏やかで、素敵な女の子だった。
俺はこのときから、もしかしたら綾瀬に恋をしていたのかもしれない。
だけど初めての感情に、俺は気がつくわけなくて。この胸のドキドキを、心にそっと閉まっていた。
そして付き合うことになったとき、絶対に幸せにすると心に決めた。
可愛くて、大好きで、こんなにも愛する人なんてこれから先いないという確信があるほど。
綾瀬のことを好きになっていた。
――そして。綾瀬が記憶を戻った瞬間。
「……藤間く――ううん、藤間さんは、騙していたの?」
「え? 騙して、いた?」
「藤間さんは本当は、記憶を失っていないの? 最初から、私が病院に運ばれたっていう情報を聞いて着いてきて、見張ってたの? 私が記憶喪失なのをいいことに」
「……綾瀬、なにを、言ってるの。藤間さんってなに。どうしたの」
急に、藤間さんだなんて呼ぶなんてどういうことだろうと、分かっていなかった。
――本当は記憶を失っていない?
――見張っていた?
そんなの、言いがかり。よく分からないことをどうして綾瀬は俺に言い放つのだろうと。
でも、綾瀬が病室を飛び出した瞬間。頭に突き刺すような痛みが広がった。
そのとき、俺も記憶が戻ったんだ。全て、思い出したんだ。
俺と真田が綾瀬をいじめていたこと。そんなひどい過去を。
俺は、どうしようもないクズだった。
あわよくば殺人になるところだった。綾瀬に深い傷を負わせてしまった。いじめをするなんてどうかしている。
そう思えるのは、記憶喪失のとき、綾瀬が隣にいてくれたから。そばにいて俺を支えてくれたから。
なのに俺は綾瀬を傷つけていた。永遠に忘れることができない、心の傷を。
俺は――彼氏なんかじゃない。
もう綾瀬に合わす顔がない。
だけど、綾瀬に謝らないで、このまま過ごしていたら絶対に後悔する。
俺はすごく弱い。体も心も全部、全部全部全部。
どうして俺は綾瀬をいじめていたんだろう。心の底から好きになった人を、何でいじめなんか……っ。
そう思うと、頬に涙が溢れた。
何も考えることができない。ただ、綾瀬の幸せそうな笑顔が頭に浮かんでくるだけ。
綾瀬は前、幸せについて俺に聞いてきた。それで、こう答えた。自分の理想が叶ったときかな、と。
俺の理想は、綾瀬と二人で幸せになることだった。記憶が戻ってもきっと大丈夫だって、思えていたから。
――時間が、戻ったらいいのに。
時間を巻き戻すことができたら、俺はもう二度と過ちを犯すことはない。そうすれば綾瀬も、俺も、真田も。みんな、傷つくことはない。
でもそれはできないことだって分かっている。もうどうしようもない、事実なのだから。
分かっているからすごく悔しい。自分がとても醜い。
「……あや、せ……っ」
名前をひとこと呼ぶだけで、胸が痛めつけられる。
でも俺たちがいじめているとき、綾瀬はもっと痛みを感じていたんだろう。俺には想像できないくらいの、体や心の痛み。
俺は――どうしたらいいんだろう。