教室に入ると、もう真田さんは登校していた。藤間さん以外のクラスメイト全員がいて、いつもと同じ光景。
明るくて、華やかな人たちばかり。前は大嫌いだったこのクラスは、今は大好きだ。
怖くて怖くて、思わず足を後退りしてしまう。だけど頑張らないといけない。気持ちを伝えないといけない。
勇気の入った拳を握りしめて、後退りした足を前に戻した。
「真田さん……」
「え?」
「あの、話が、あって」
「お願いします、美雨の話を聞いてください」
私と雪花ちゃんがそう言うと、真田さんのグループの子たちが気に食わない顔をした。
でも肝心の真田さんは、黙ったまま私たちの前へ来てくれた。
何をされるか分からないという恐怖が私たちを震わす。
「……時間取らないでよね」
そう言ってくれただけでも、胸がほっ、とした。
改めて思うけれど、真田さんのオーラがとても怖い。冷たい視線も、茶色の髪色も、目立っている校則違反のピアスも。
真田さんの全てが怖いんだな、って今更思う。
「私、記憶を取り戻したんです」
「え……」
「藤間さんのこと、大嫌いなのにどうして好きだったんだろうって不思議です。真田さんの気持ち、分かります。二人はお似合いだったのに、急に好きな人と嫌いな人が両思いになってたら、苦しいですよね。ごめんなさい」
突然謝られたからか、真田さんは驚いて黙ったままだ。
クラスメイトも、思わず口をあんぐりと開けてしまっている。
「私、真田さんのこと、嫌いでした。いじめは絶対に許せません。今でも……ずっと胸が痛いの。真田さんのこと、これからも嫌いだと思う。でも、これだけは教えてください。どうして、私をいじめていたんですか?」
ここまで言ってしまったからには、もう戻ることはできない。
だからもしいじめていた理由があるなら、私が何かしてしまったのなら、聞きたいと思った。
真田さんは顔を下げながら、静かに口を開いた。
「理由なんて……ない。誰でも良かったの。あんたじゃなくても、他の誰でも」
予想していた答えだったけれど、私は頷くことができなかった。
誰でもいいけれど、ひとりぼっちの私を標的にしようと思っていた。そういうことだよね。
どうしても許すことができなくて、何も言えなかった。
「あんた……いつも暗くて、ひとりで、透明な世界にいるようで。昔のあたしを見ているようで辛かったの」
「え? 昔の、真田さん……?」
「中学の頃、あたしはこんな派手な髪色してなかったし、ピアスなんてしてない、優等生だったの。ぼっちでいいってずっと思ってて、心の扉を閉ざして。そんな弱い自分のことがすごく嫌いだった」
真田さんは中学生の頃、今とは真反対だったんだ。
どうやら真田さんのグループの子たちも知らなかったらしく、目を丸くしている。
そんな事実を初めて知って、もちろん私も驚いた。
「高校になって、あたしは垢抜けて、自信を持つことができた。でもそんなとき、ひとりぼっちのあんたを見つけて。嫌いな自分を見ているようで、辛かったの。……晴人も、そうだった」
「藤間、さんも……?」
「だからあたしたち二人で、あんた一人をいじめた。最低だよね、誰でも良かったのに、あたしが自分勝手なせいで自殺にまで追い込むなんて」
どうして……どうして、こんな苦しい気持ちになるの。
私は真田さんのこと、絶対に許さないと思っていたはずなのに。なのに、なのに、同情してしまうくらい胸が苦しいの。
――もしかしたら、私と真田さんは、似た者同士だったのかも、なんて思ってしまって。
どうすればいいか、なんて自分の気持ちが分からない。何が自分の気持ちなのか。
でも、すごくすごく……辛い。
「あたし、あんたが晴人と付き合ったって聞いたとき、呼び出して階段から突き落とそうとしたよね。本当、どこまで最低なんだろ、あたし……」
「……そうだよ。美雨がどれだけ辛い思いをしたと思ってるの!? 自殺しようとしたんだよ!?」
「さ、真田さん! 美雨ちゃんに謝るくらいしたらどうなんですか」
雪花ちゃんや風穂ちゃんに続いてクラスメイトが声を上げる。
「そ、そうだよ! 真田、人殺しになるかもしれなかったんだぞ」
「綾瀬に謝れ!」
「綾瀬さんがかわいそうだよ」
真田さんは、泣いていた。濃いメイクが崩れてしまうくらいの涙を流していた。
クラスメイトの気持ちは、すごく嬉しい。だけど、私が望んでいるのは、こうやって真田さんを責めることじゃない――。
「みんな、ありがとう。でも、いいの。私は真田さんを許そうと思う」
「美雨!? どうして!?」
「美雨ちゃん……」
「真田さんは道を間違えてしまっただけだよね。私も間違えてしまいそうになること、何度もあった。その度に大切な友達が、こっちじゃない、あっちが正しいって教えてくれる。だから、生きていけるの」
――真田さんにもう一度だけ、チャンスを与えたい。
そう言うと、真田さんは床に座り込んでしまい、声を出しながら涙を流した。
「うっ……わぁぁ……ごめんなさい、綾瀬さん……!! 綾瀬さん、ごめんなさい、ごめんなさい……」
真田さんはずっとごめんなさい、ごめんなさい……と繰り返した。
騒ぎに駆けつけた担任の先生たちから事情聴取されたけれど、私がいじめられていたことを正直に話すと、後日改めて親を交えて話をすると言われた。
私はすごく満足している。真田さんに気持ちを伝えられて、逆に真田さんの気持ちを知ることができて。それだけで良かったと思う。
真田さんだけじゃない、きっと誰しも道を踏み外してしまうはず。そんなとき、正しい道を教えてくれる仲間が隣にいるから、私は大丈夫なんだよね。
学校が終わって、向かう場所。それはもう決まっている。
――大嫌いで大好きだった人のところ。
明るくて、華やかな人たちばかり。前は大嫌いだったこのクラスは、今は大好きだ。
怖くて怖くて、思わず足を後退りしてしまう。だけど頑張らないといけない。気持ちを伝えないといけない。
勇気の入った拳を握りしめて、後退りした足を前に戻した。
「真田さん……」
「え?」
「あの、話が、あって」
「お願いします、美雨の話を聞いてください」
私と雪花ちゃんがそう言うと、真田さんのグループの子たちが気に食わない顔をした。
でも肝心の真田さんは、黙ったまま私たちの前へ来てくれた。
何をされるか分からないという恐怖が私たちを震わす。
「……時間取らないでよね」
そう言ってくれただけでも、胸がほっ、とした。
改めて思うけれど、真田さんのオーラがとても怖い。冷たい視線も、茶色の髪色も、目立っている校則違反のピアスも。
真田さんの全てが怖いんだな、って今更思う。
「私、記憶を取り戻したんです」
「え……」
「藤間さんのこと、大嫌いなのにどうして好きだったんだろうって不思議です。真田さんの気持ち、分かります。二人はお似合いだったのに、急に好きな人と嫌いな人が両思いになってたら、苦しいですよね。ごめんなさい」
突然謝られたからか、真田さんは驚いて黙ったままだ。
クラスメイトも、思わず口をあんぐりと開けてしまっている。
「私、真田さんのこと、嫌いでした。いじめは絶対に許せません。今でも……ずっと胸が痛いの。真田さんのこと、これからも嫌いだと思う。でも、これだけは教えてください。どうして、私をいじめていたんですか?」
ここまで言ってしまったからには、もう戻ることはできない。
だからもしいじめていた理由があるなら、私が何かしてしまったのなら、聞きたいと思った。
真田さんは顔を下げながら、静かに口を開いた。
「理由なんて……ない。誰でも良かったの。あんたじゃなくても、他の誰でも」
予想していた答えだったけれど、私は頷くことができなかった。
誰でもいいけれど、ひとりぼっちの私を標的にしようと思っていた。そういうことだよね。
どうしても許すことができなくて、何も言えなかった。
「あんた……いつも暗くて、ひとりで、透明な世界にいるようで。昔のあたしを見ているようで辛かったの」
「え? 昔の、真田さん……?」
「中学の頃、あたしはこんな派手な髪色してなかったし、ピアスなんてしてない、優等生だったの。ぼっちでいいってずっと思ってて、心の扉を閉ざして。そんな弱い自分のことがすごく嫌いだった」
真田さんは中学生の頃、今とは真反対だったんだ。
どうやら真田さんのグループの子たちも知らなかったらしく、目を丸くしている。
そんな事実を初めて知って、もちろん私も驚いた。
「高校になって、あたしは垢抜けて、自信を持つことができた。でもそんなとき、ひとりぼっちのあんたを見つけて。嫌いな自分を見ているようで、辛かったの。……晴人も、そうだった」
「藤間、さんも……?」
「だからあたしたち二人で、あんた一人をいじめた。最低だよね、誰でも良かったのに、あたしが自分勝手なせいで自殺にまで追い込むなんて」
どうして……どうして、こんな苦しい気持ちになるの。
私は真田さんのこと、絶対に許さないと思っていたはずなのに。なのに、なのに、同情してしまうくらい胸が苦しいの。
――もしかしたら、私と真田さんは、似た者同士だったのかも、なんて思ってしまって。
どうすればいいか、なんて自分の気持ちが分からない。何が自分の気持ちなのか。
でも、すごくすごく……辛い。
「あたし、あんたが晴人と付き合ったって聞いたとき、呼び出して階段から突き落とそうとしたよね。本当、どこまで最低なんだろ、あたし……」
「……そうだよ。美雨がどれだけ辛い思いをしたと思ってるの!? 自殺しようとしたんだよ!?」
「さ、真田さん! 美雨ちゃんに謝るくらいしたらどうなんですか」
雪花ちゃんや風穂ちゃんに続いてクラスメイトが声を上げる。
「そ、そうだよ! 真田、人殺しになるかもしれなかったんだぞ」
「綾瀬に謝れ!」
「綾瀬さんがかわいそうだよ」
真田さんは、泣いていた。濃いメイクが崩れてしまうくらいの涙を流していた。
クラスメイトの気持ちは、すごく嬉しい。だけど、私が望んでいるのは、こうやって真田さんを責めることじゃない――。
「みんな、ありがとう。でも、いいの。私は真田さんを許そうと思う」
「美雨!? どうして!?」
「美雨ちゃん……」
「真田さんは道を間違えてしまっただけだよね。私も間違えてしまいそうになること、何度もあった。その度に大切な友達が、こっちじゃない、あっちが正しいって教えてくれる。だから、生きていけるの」
――真田さんにもう一度だけ、チャンスを与えたい。
そう言うと、真田さんは床に座り込んでしまい、声を出しながら涙を流した。
「うっ……わぁぁ……ごめんなさい、綾瀬さん……!! 綾瀬さん、ごめんなさい、ごめんなさい……」
真田さんはずっとごめんなさい、ごめんなさい……と繰り返した。
騒ぎに駆けつけた担任の先生たちから事情聴取されたけれど、私がいじめられていたことを正直に話すと、後日改めて親を交えて話をすると言われた。
私はすごく満足している。真田さんに気持ちを伝えられて、逆に真田さんの気持ちを知ることができて。それだけで良かったと思う。
真田さんだけじゃない、きっと誰しも道を踏み外してしまうはず。そんなとき、正しい道を教えてくれる仲間が隣にいるから、私は大丈夫なんだよね。
学校が終わって、向かう場所。それはもう決まっている。
――大嫌いで大好きだった人のところ。