翌日の学校。
 せっかく藤間さんと話すチャンスだったから連絡したけれど、既読がつかない。もしかしたら休みかもしれない。
 昨日は私のお見舞いに来てくれたけれど、あんな態度を取ってしまったから。もしかしたら精神的に傷つけてしまったのかも……。
 でも今私は彼女という立場じゃないから、藤間さんの家に直接行くのは少し抵抗がある。
 藤間さんがいないなら、今日は真田さんに気持ちを伝えたいと思う。
 だけど真田さんは、私がすごく嫌っていた人。前は死んでほしいって願っていたくらい、大嫌いだった。だからとても怖い。

 「おはよ、美雨」

 「おはよう、美雨ちゃん」

 「おはよう……って、あ!」

 雪花ちゃんと風穂ちゃんのスクールバッグを見ると、お揃いの熊のキーホルダーを着けていた。
 このキャラクター、確か流行っているとテレビで言っていた。かわいい子だなぁと思ったのを覚えている。
 ――二人、お揃いなんだ。風穂ちゃん良かったね。
 風穂ちゃんに向けて微笑んだとき、雪花ちゃんがバッグから何かを取り出し、私へ向けた。

 「はい、美雨にも。みんなでお揃いだよ」

 「えっ、私にも!?」

 「もちろん、美雨ちゃんにもだよ。三人でお揃いなの」

 「で、でも、いいの……?」

 そう言うと風穂ちゃんは、頬を膨らまして、強引に熊のキーホルダーを渡してきた。

 「美雨ちゃん、言ったでしょ! 三人で親友だって。もしかして、まだ私たちのこと信用してない?」

 「そ、そんなことないよ」

 「じゃあ強制ねっ」

 ありがとう……。
 もちろん、三人でお揃いのものを貰えたのはすごく嬉しい。
 お代を出そうとすると、風穂ちゃんが勝手に買ったものだからいらないと言ってくれた。今度私もプレゼントしよう、と思った。
 先程の風穂ちゃんの発言に、私はすごく驚いた。

 「風穂ちゃん……強くなったね」

 「あっ、それ分かる」

 「えっ? 私が? どこが?」

 雪花ちゃんも同情してくれているみたい。肝心の風穂ちゃんは分かっていないようだけど。
 少し悩んで考えながら、口を開いた。

 「うーん、何て言えばいいかな。前の風穂ちゃんは、無理して合わせてるなぁ、って思うときがあって。でも今は違う、自分の気持ちに正直に生きてて尊敬するなって思ったよ」

 「うんうん、確かに。私も風穂のこと昔から知ってるけど、強くなってる気がする。何だかたくましくなった、っていうか」

 「つ、強くなんてないよ。美雨ちゃんは自分の気持ちをちゃんと伝えられてすごいし、雪花ちゃんは頼り甲斐があってつい甘えちゃうの。私、ずっと二人みたいに強くなりたいって憧れだったんだよ」

 胸が焼けるように熱くなる。
 自分に憧れる、なんて言ってもらったことは初めてだからかもしれないけれど、ものすごく嬉しい。
 私の憧れは――トウマ先生だ。トウマ先生は優しくて、たくましくて、私のことを考えて行動してくれる先生。
 私もトウマ先生みたいになりたい。そう思ったことは何度もある。それと同じように、風穂ちゃんも私や雪花ちゃんのことを憧れだって言ってくれて、本当に嬉しいんだ。

 「じゃあ、ちゃんとみんな、成長できてるね。私も、風穂も、美雨も」

 「……うん。そうだね」

 雪花ちゃんの言葉が、心に響いた。
 私は成長できているのかな。記憶を取り戻すのには頑張っていたけれど、記憶が戻った今、まだ頑張れていない気がする。
 一番伝えたい二人の相手に、気持ちを伝えられていないし。まだスタートを踏み出した瞬間だよね。
 踏み切りを渡りたいけれど、遮断桿(しゃだんかん)が降りてきて、電車が来て、渡れない瞬間に似ている。
 スタートを踏み出したいけれど、まだ足を前には出した瞬間だと思う。だからまだ、私は成長できていないのかもしれない。
 そう思うと、私だけが置いてけぼりな気がして、悲しくなる。

 「美雨? 大丈夫?」

 「うん、大丈夫だよ。みんなすごいなぁって。私も憧れの人がいて、その人みたいになりたいと思ってはいるの。でも私は、相手のためを思って行動することが、怖くてできない……」

 私がそう言うと、二人とも俯いてしまった。
 道端に咲く小さな小さな花たちは、そんなことないよと言ってくれているようで、胸がほっこりする。

 「私たちも、怖いよ。真田さんや藤間さんが美雨ちゃんをいじめていたとき、怖くて動けなかったもん」

 「それと同じだよ、美雨。みんな怖いんだよ。だからみんなで一緒に頑張ろうよ。美雨が一人で頑張る必要は、ないでしょ?」

 「……うん。三人で、頑張ればいいんだね。ありがとう、二人とも」

 私は一人じゃない。大切な親友が二人もいるから。
 今までずっと、一人で頑張ろうという考えしかなかった。だけど雪花ちゃんと風穂ちゃんが、隣にいてくれる。
 闘うのは、みんなで。そう思いながら、私は、私たちは真田さんへ気持ちを伝えることを決心した。