雪花ちゃんと風穂ちゃんは、まだ私が入院していた病院の近辺にいると聞いた。
 二人に会うのはちょっぴり怖いし、どういう顔をしたら良いのか分からない。
 でも迷っていたら、もう二人とは“親友”という関係は築けないと思う。それのほうが、よっぽど嫌だ。
 少し走ると、二人の姿が見えて、私は叫んだ。

 「雪花ちゃん! 風穂ちゃん!」

 二人は私を見ながら驚いて、一瞬立ち止まったけれど、すぐ駆け寄ってくれた。
 ――私の気持ちを、伝える。
 ドッ、ドッ……心臓の鼓動が速くなるのが分かる。緊張で手が微かに震えている。

 「あの……本当に、ごめんなさい」

 頭を下げた。
 二人が「顔あげて」と言ってくれたから、私はすぐに前を向いて、二人の目を見た。

 「私、記憶が戻ったって言ったよね。それは本当なの。でも、取り乱しちゃって……。二人にあんなひどいこと言って、本当にごめんね。雪花ちゃんと風穂ちゃんは、ひどいって言われること何もしてないのに……」

 やっぱり怖くて、俯いてしまう。こんなあやふやな謝罪じゃあ、許してもらえないかな。
 そう思ったけれど、違った。二人は私に勢いよく抱きついてきて、涙を流していた。
 ――これは、私に強く言われて悲しくなったから泣いているの? それとも、もしかして、だけど。私のために、泣いてくれてる……?

 「美雨、ごめん。美雨の言う通りなの。私、自分のことしか考えてなかった。美雨は本当のことを話さないほうが幸せだって、ずっと思い込んでた」

 「私も、ごめんなさい、美雨ちゃん。美雨ちゃんには相談乗ってもらったのに、私は何もできなくて。私が美雨ちゃんの立場だったら、親友から何も話してくれなかったら怖いよね。自信失くすよね」

 「そうだね、私もそう思う。ちゃんと正直に本当のことを話すべきだった。でも私も風穂も、美雨のこと大切に思ってるから。親友だって心から思ってる」

 すごく、すごく、胸があたたかくなった。
 美しい表現はできないけれど、何だか友情を分かり合えて、これからちゃんと親友になれる気がして。
 そう思えたのが本当に嬉しかった。

 「それと、美雨が記憶喪失になる前、いじめを助けられなくてごめん」

 「藤間さんや真田さんにいじめられているとこ、見てたから……。なのに私たち怖気(おじけ)ついて、何も助けてあげられなかったの。ごめんなさい」

 「ううん、それはもういいの。確かに誰も見て見ぬふりなのは辛かった。でも今の私はもう、前の私じゃないから大丈夫。……私こそ、ごめんね。二人は大好きな親友だよ」

 それに助けは求めるものじゃなくて、自分から『助けて』って言えば良かったんだ。
 他の子と仲良くしているのを藤間さんや真田さんに見られたら、その子も被害に遭ってしまうかもしれない。
 そう思ったら、助けを呼ぶことが怖くてできなかった。それは私も一緒なんだ。

 「ありがと、美雨」

 「ありがとう、美雨ちゃん」

 「こちらこそありがとう、雪花ちゃん、風穂ちゃん」

 大好きって言い合ったからか、何だかみんなで照れてしまう。
 えへへ、ふふ、なんて可愛い言葉を口にしながら、私たちは帰り道を歩いていた。

 「じゃあ私、こっちだから。またね、風穂、美雨」

 雪花ちゃんとは途中で別れてしまい、風穂ちゃんと二人きりになった。
 雪花ちゃんは帰った今だったら、“あの話”できるかな。

 「風穂ちゃん、前はごめんね」

 「えっ?」

 「雪花ちゃんのこと、無理に聞いちゃって。私、傷つけちゃったよね。あのときからずっと謝ろうって思ってたんだけど、タイミングがなくて」

 常に三人でいるから、風穂ちゃんと二人きりになれるタイミングがそうそうない。だから話すなら今かと思い、勇気を出した。
 また傷つけてしまうかもしれないと思ったけれど、風穂ちゃんは前とは違った表情をしていた。まるで心の芯の強さを表しているような。

 「私、雪花ちゃんに対して、好きだったのか分からないの。もしかしたら憧れだったのかもしれないし、本当に恋をしていたかもしれない。でもその話をしても、美雨ちゃんは気持ち悪いとか、気味悪いとか、そういうことは一切口にしなかったよね」

 「えっ、もちろんだよ。そんなこと思うはずないよ。だって人に恋する気持ちは、一応、私も分かっていたから……。否定なんかしないよ」

 慌てて口走ったけれど、風穂ちゃんは夕焼けに照らされて、少し切ない表情を浮かべた。
 もしかしたら過去に、雪花ちゃんが好きということを誰かに話して、そういうひどい言葉を言われた経験があるのかもしれない。
 何となくだけど、直感でそう思った。

 「だからむしろ、私は美雨ちゃんにお礼を言いたい。話を聞いてくれてありがとうって。……あの日、逃げちゃってごめんなさい」

 「う、ううん。私こそ本当にごめんね、傷つけちゃって。風穂ちゃんの恋は応援するよ。だから雪花ちゃんがまだ好きなら――」

 「私はもう雪花ちゃんのこと、親友だと思ってるの。だから何も気遣わなくて大丈夫だよ。美雨ちゃんは本当に、優しいんだね」

 優しいなんてあまり言われたことがなくて、とても嬉しくなった。
 私は優しいのかな。人の心に突っ込んでいって、何とか解決しようとして。
 それでも優しいと言ってくれる風穂ちゃんのほうが、全然優しいと思うけれど。

 「だからこれからも親友でいてね、美雨ちゃん」

 「こちらこそ、お願いします」

 私たちは「今更だけど、友情って素敵だね」なんて微笑みながら、夕日に向かって歩いた。