私は、教室に戻ってからもずっと罪悪感が芽生えていた。
藤間くんは私のために行動してくれたのに、私を傷つけた真田さんのことを考えると、行動できなくなってしまった。
藤間くんのほうをちらっと見ると、一瞬目が合ったけれど逸らされてしまった。
――怒っているのかな。
そりゃあ当然だよね。仕方ないけど、やっぱり悲しくなってしまう。
「あの、と、藤間くん」
休み時間になって話しかけようとしても、私を避けているのか、他の友達のところへ行ってしまった。
雪花ちゃんは「藤間さん!」と、藤間くんへ向かって大きな声で呼び掛ける。
「なんで彼女のこと無視するの? 美雨の話、聞いてあげてよ」
「……なんでって、別に理由ないけど」
「どうして!? 美雨があまりにもかわいそう!」
「雪花ちゃんいいよ、大丈夫だよ。私が悪いんだもの」
私がそう言ったから雪花ちゃんは落ち着いたけれど、満足そうではなかった。
――私のために怒ってくれてありがとう。そう思った。
でも私が全部悪いのだから。喧嘩したままなのは嫌だけど。
「何があったの?」
雪花ちゃんと風穂ちゃんにそう聞かれて、私は先程の真田さんとの件を素直に話した。
できるだけ真田さんのことを二人に相談するのは避けたかった。今は私だけが標的だからいいけれど、二人が私の味方って知ったら真田さんは二人にも手を出しちゃうかもしれない。
藤間くんも巻き込んでしまったのに。これ以上私の大切な人が傷ついてほしくないんだ。
「許さない。真田さん」
「ありがとう、雪花ちゃん。でもいいの」
「よくないよ!! 一緒に職員室行って事情を話そう、美雨」
「えっ、ちょっと」
止めようとしたけれど、雪花ちゃんの怒りのパワーに圧倒されて、行くしかなかった。
私の手を引く雪花ちゃんの手のひらは、この時期とは思えないほど冷たい。まるで雪のよう。雪花ちゃんも真田さんのことが怖いんだ。だけど、私のために行動してくれている。
――すごく勇気があるんだなぁ。
そう思った。それと同時に、私は教室に残っていた風穂ちゃんの悲しそうな顔がずっと脳裏に焼きついていた。
担任に話したところ、真田さんには話をするとのことで終わった。
被害者の私が「許してはないけれど、大事にするまでのことじゃない」と言ったからだ。
放課後になり、案の定真田さんは職員室に呼び出されていたから、きっと話をしてくれるのだと思う。
私が気になっていたのは、それではなかった。風穂ちゃんの表情がいつもとは違っていたことが引っかかっていた。
「風穂ちゃん!」
「美雨、ちゃん」
「雪花ちゃん、委員会の仕事があるから先帰っててだって。一緒に帰らない?」
「……そうなんだ、知らなかった。うん、帰ろう」
風穂ちゃんと二人で帰るのは初めてだから、何だか少し緊張してしまう。
私も風穂ちゃんも、特別明るいわけではない。雪花ちゃんが盛り上げるのが上手だから、会話はいつも雪花ちゃんに頼っていたのかも。
でもこの時間で、風穂ちゃんに聞かないと。どうして暗い顔してるの、って。
「風穂ちゃん。どうしたの、何かあった?」
「えっ……?」
「今日、いつもより顔色が暗いなって思ったの。あっ、気のせいだったらごめんね。でも気になっちゃったんだ」
私が暗いと、たぶん風穂ちゃんも気分が沈んでしまうと思う。だからできるだけ明るく振る舞ってみた。
生ぬるいけれど、爽やかな秋風が私たちを横切る。風穂ちゃんは驚いた顔で静かに私を見つめていたけれど、やがて口を開いた。
「……私、好きな人がいたって、言ったよね」
「うん。転校しちゃった、って」
「好きだったのは本当。だけど、あれ、嘘なの」
――えっ、嘘?
理解が追いつけない。もしかして、風穂ちゃんは恋愛のことで頭を悩ませていたのだろうか。
恋愛相談なんて乗れるかな、と心配になる。
「好きだったの。……雪花ちゃんのこと」
「……へ? 雪花ちゃん!?」
私は驚いたけれど、確かに納得はできるかも。
風穂ちゃんは雪花ちゃんのこと、すごく信頼しているように思えたから。
でも同性のことを好きになるなんて私には経験したことがないから、どういう気持ちなのか見当がつかない。
「小学校のとき、雪花ちゃんは髪もショートで、パンツばかり履いていて、男の子みたいだったんだ。いつもかっこよくて、私の味方になってくれて。好きって感情は今思うと、恋愛だったんだろうなぁって」
私が藤間くんと付き合う前、風穂ちゃんと雪花ちゃんに恋愛相談したとき、風穂ちゃんは恋愛のことをとても分かっているようだった。
それは、小学校のとき、雪花ちゃんのことを好きだったからなんだ。
「だけど、美雨ちゃんが登校してきてから、雪花ちゃんは美雨ちゃんとばかり話しているでしょ? 今日も二人で、出て行っちゃって……。私ね、美雨ちゃんに嫉妬しちゃったの」
「風穂ちゃん……」
「ごめんなさい、変な話して。美雨ちゃんは何も悪くないの」
私が風穂ちゃんを悩ませてしまっていた。
風穂ちゃんはきっと、好きだった親友を取られた気持ちになって悲しかったんだ。
……藤間くんに対する、真田さんと同じように。
気づいてあげられなかった自分に腹が立ってくる。
「ごめんね、風穂ちゃん」
「えっ、なんで美雨ちゃんが謝るの? 美雨ちゃんは何も悪くないのに」
「うん……でも、気遣えばよかったんだよ、私が」
私がそう言うと、風穂ちゃんは口を閉じた。
風穂ちゃんは心の隅では本当は、そう感じているのだと思う。
美雨ちゃんがいなければ、もっと雪花ちゃんと仲良くできたのに、って。
「……本当、ごめんなさい、美雨ちゃん。私用事思い出したから先帰るね。ばいばいっ」
「あ、風穂ちゃん!」
――私、最低だ。
風穂ちゃんの悩みを聞いてあげるつもりだったのに、もっと深く傷つけてしまった。それに私自身も苦しめてしまった。
相談に乗ってあげられないなんて、親友失格だよね。
一歩ずつ歩いていくと同時に沈んでいく儚い太陽は、何だか私の心を表しているようで虚しかった。
藤間くんは私のために行動してくれたのに、私を傷つけた真田さんのことを考えると、行動できなくなってしまった。
藤間くんのほうをちらっと見ると、一瞬目が合ったけれど逸らされてしまった。
――怒っているのかな。
そりゃあ当然だよね。仕方ないけど、やっぱり悲しくなってしまう。
「あの、と、藤間くん」
休み時間になって話しかけようとしても、私を避けているのか、他の友達のところへ行ってしまった。
雪花ちゃんは「藤間さん!」と、藤間くんへ向かって大きな声で呼び掛ける。
「なんで彼女のこと無視するの? 美雨の話、聞いてあげてよ」
「……なんでって、別に理由ないけど」
「どうして!? 美雨があまりにもかわいそう!」
「雪花ちゃんいいよ、大丈夫だよ。私が悪いんだもの」
私がそう言ったから雪花ちゃんは落ち着いたけれど、満足そうではなかった。
――私のために怒ってくれてありがとう。そう思った。
でも私が全部悪いのだから。喧嘩したままなのは嫌だけど。
「何があったの?」
雪花ちゃんと風穂ちゃんにそう聞かれて、私は先程の真田さんとの件を素直に話した。
できるだけ真田さんのことを二人に相談するのは避けたかった。今は私だけが標的だからいいけれど、二人が私の味方って知ったら真田さんは二人にも手を出しちゃうかもしれない。
藤間くんも巻き込んでしまったのに。これ以上私の大切な人が傷ついてほしくないんだ。
「許さない。真田さん」
「ありがとう、雪花ちゃん。でもいいの」
「よくないよ!! 一緒に職員室行って事情を話そう、美雨」
「えっ、ちょっと」
止めようとしたけれど、雪花ちゃんの怒りのパワーに圧倒されて、行くしかなかった。
私の手を引く雪花ちゃんの手のひらは、この時期とは思えないほど冷たい。まるで雪のよう。雪花ちゃんも真田さんのことが怖いんだ。だけど、私のために行動してくれている。
――すごく勇気があるんだなぁ。
そう思った。それと同時に、私は教室に残っていた風穂ちゃんの悲しそうな顔がずっと脳裏に焼きついていた。
担任に話したところ、真田さんには話をするとのことで終わった。
被害者の私が「許してはないけれど、大事にするまでのことじゃない」と言ったからだ。
放課後になり、案の定真田さんは職員室に呼び出されていたから、きっと話をしてくれるのだと思う。
私が気になっていたのは、それではなかった。風穂ちゃんの表情がいつもとは違っていたことが引っかかっていた。
「風穂ちゃん!」
「美雨、ちゃん」
「雪花ちゃん、委員会の仕事があるから先帰っててだって。一緒に帰らない?」
「……そうなんだ、知らなかった。うん、帰ろう」
風穂ちゃんと二人で帰るのは初めてだから、何だか少し緊張してしまう。
私も風穂ちゃんも、特別明るいわけではない。雪花ちゃんが盛り上げるのが上手だから、会話はいつも雪花ちゃんに頼っていたのかも。
でもこの時間で、風穂ちゃんに聞かないと。どうして暗い顔してるの、って。
「風穂ちゃん。どうしたの、何かあった?」
「えっ……?」
「今日、いつもより顔色が暗いなって思ったの。あっ、気のせいだったらごめんね。でも気になっちゃったんだ」
私が暗いと、たぶん風穂ちゃんも気分が沈んでしまうと思う。だからできるだけ明るく振る舞ってみた。
生ぬるいけれど、爽やかな秋風が私たちを横切る。風穂ちゃんは驚いた顔で静かに私を見つめていたけれど、やがて口を開いた。
「……私、好きな人がいたって、言ったよね」
「うん。転校しちゃった、って」
「好きだったのは本当。だけど、あれ、嘘なの」
――えっ、嘘?
理解が追いつけない。もしかして、風穂ちゃんは恋愛のことで頭を悩ませていたのだろうか。
恋愛相談なんて乗れるかな、と心配になる。
「好きだったの。……雪花ちゃんのこと」
「……へ? 雪花ちゃん!?」
私は驚いたけれど、確かに納得はできるかも。
風穂ちゃんは雪花ちゃんのこと、すごく信頼しているように思えたから。
でも同性のことを好きになるなんて私には経験したことがないから、どういう気持ちなのか見当がつかない。
「小学校のとき、雪花ちゃんは髪もショートで、パンツばかり履いていて、男の子みたいだったんだ。いつもかっこよくて、私の味方になってくれて。好きって感情は今思うと、恋愛だったんだろうなぁって」
私が藤間くんと付き合う前、風穂ちゃんと雪花ちゃんに恋愛相談したとき、風穂ちゃんは恋愛のことをとても分かっているようだった。
それは、小学校のとき、雪花ちゃんのことを好きだったからなんだ。
「だけど、美雨ちゃんが登校してきてから、雪花ちゃんは美雨ちゃんとばかり話しているでしょ? 今日も二人で、出て行っちゃって……。私ね、美雨ちゃんに嫉妬しちゃったの」
「風穂ちゃん……」
「ごめんなさい、変な話して。美雨ちゃんは何も悪くないの」
私が風穂ちゃんを悩ませてしまっていた。
風穂ちゃんはきっと、好きだった親友を取られた気持ちになって悲しかったんだ。
……藤間くんに対する、真田さんと同じように。
気づいてあげられなかった自分に腹が立ってくる。
「ごめんね、風穂ちゃん」
「えっ、なんで美雨ちゃんが謝るの? 美雨ちゃんは何も悪くないのに」
「うん……でも、気遣えばよかったんだよ、私が」
私がそう言うと、風穂ちゃんは口を閉じた。
風穂ちゃんは心の隅では本当は、そう感じているのだと思う。
美雨ちゃんがいなければ、もっと雪花ちゃんと仲良くできたのに、って。
「……本当、ごめんなさい、美雨ちゃん。私用事思い出したから先帰るね。ばいばいっ」
「あ、風穂ちゃん!」
――私、最低だ。
風穂ちゃんの悩みを聞いてあげるつもりだったのに、もっと深く傷つけてしまった。それに私自身も苦しめてしまった。
相談に乗ってあげられないなんて、親友失格だよね。
一歩ずつ歩いていくと同時に沈んでいく儚い太陽は、何だか私の心を表しているようで虚しかった。